内容説明
2016年7月26日未明、神奈川県相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で、入所者19人が死亡、職員2人を含む26人が重軽傷を負った「やまゆり園事件」。
犯人は、元職員の植松聖。当時26歳。
植松死刑囚はなぜ「障害者は生きるに値しない」という考えを持つようになったのか?
「生産性」や「有用性」で人の命を値踏みする「優生思想」は、誰の心の内にも潜んでいるのではないか?
命は本当に「平等」なのか?
分断しない社会、真の「共生社会」はどうしたら実現するのか?
植松死刑囚との37回の接見ほか、地元紙記者が迷い、悩みながら懸命に取材を続けた4年間のドキュメント。
〈目次〉
第1章 2016年7月26日
未明の襲撃/伏せられた実名と19人の人柄/拘置所から届いた手記とイラスト
第2章 植松聖という人間
植松死刑囚の生い立ち/アクリル板越しに見た素顔/遺族がぶつけた思い/「被告を死刑とする」
第3章 匿名裁判
記号になった被害者/実名の意味/19人の生きた証し
第4章 優生思想
「生きるに値しない命」という思想/強制不妊とやまゆり園事件/能力主義の陰で/死刑と植松の命
第5章 共に生きる
被害者はいま/ある施設長の告白/揺れるやまゆり園/訪問の家の実践/“成就”した反対運動/分けない教育/学校は変われるか/共生の学び舎/呼吸器の子「地域で学びたい」/言葉で意思疎通できなくても/横田弘とやまゆり園事件
終章 「分ける社会」を変える
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
akiᵕ̈*
44
神奈川新聞取材班が37回の接見ほか4年に渡り取材してきたという、このおぞましい事件の真相とは。まず驚いたのが、事件を起こす前に衆議院議長宛に何度も足を運んで書簡を渡しているのですが、その内容が想像を遥かに超えた、というかどうしたらそんな考えが浮かぶの?と恐ろしくぶっ飛んだ内容でした。大麻精神病や妄想性障害と診断もされていたという。《被害者の公表》について、被害者遺族たちの様々な計り知れない想いを知れたことは良かったと思う。これからのインクルーシブ教育のあり方にも考えさせられる。2020/09/03
耳クソ
35
植松を身近で取り巻く人物たちの言葉、幼少期の友達、職員時代の先輩、共犯の一歩手前まで行動を共にしていた後輩の身近な言葉、優生思想を打ち出した思想家たちの言葉、優生思想を利用・助長した政治家たちの言葉、植松の犯行に淡い共感を寄せる者の言葉、植松を支持するネット上の言葉、そしてあらゆる障害者差別の歴史のすべての言葉を植松は体現した。だが体現さえしなければその言葉は自由に認められるべきなのか。ここで問われているのは私的にして公的な言葉への日常内での不断かつ詳細な批判としての言葉狩り、すなわち批評の真価である。2022/12/25
かわうそ
34
★★★★☆優生思想、陰謀論、障害者差別、介護問題、死刑廃止など全て複雑に絡み合っている事件。特に死刑制度については国家が殺すか殺さないかの線引きをしていることは植松聖が「コミニュケーションを取れないこと」で殺すか殺さないかと線引きしたことと当たり前だがやっていることは一緒であって植松聖を死刑にすることは植松聖を肯定することであるという一種のジレンマが生まれることになる。今までは死刑廃止論なんぞと思っていたけどもこの事件を契機に死刑制度が妥当なのか疑問を持たざるを得なくなった。2021/10/22
イトノコ
33
2016年7月におきた相模原障害者殺傷事件。その犯人である植松聖の裁判は日本中がコロナ禍に揺れる中、さして耳目を集める事もなく死刑判決で幕を閉じた。裁判は被告の責任能力の有無に終始し、犯行に至った背景はその供述以上には明らかにはならなかったと言う。このまま事件は異常者の異常な犯罪として片付けられ、いつか彼の刑が執行されて終わってしまうのか。それで良いとはとは思えない。植松を犯行に駆り立てた、それと同質の思想は現代日本の誰もが心の内に秘めている。その事を自覚し、内なる植松を説得する言葉を持たなければ、2020/08/13
wiki
24
本当に神奈川新聞が力を入れて取材した事がよく伝わる。植松死刑囚は社会に価値を与えられない存在は死ねという思想だった。そしてこの世の中もそんな思想を持った植松は死ねと死刑に処した。本当にそれでいいのか、という問いは重い。この価値とは何か。また何を価値とするのか。社会思想の支柱がなくてはモヤモヤを解消することは出来ない。価値が「労働価値」であれば、重度障がい者や高齢者、生活保護需給者も要らないとなる。今の日本の国家基準はこれだ。弱者に対する態度が文明の成熟度を表すなら、特異な事件だったでは済まされないと思う。2020/12/26