内容説明
少女の目線で戦後を描いた幻の自伝的小説。
「戦争が終ってからずっと父さんは内地の話をしてくれた。あぐらの中にタダシをすっぽり入れて、ヒロシと私は父さんにぐてりと寄りかかって、兄さんは、父さんの前にかしこまって坐って、みんなシーンとして父さんの口を見ていた」――中国からの引き揚げ。父さんの伯父一族が住む山梨の田舎での貧しいがエネルギーに満ちあふれた生活を、あくまで少女の目から描いた自伝的小説。小さな共同体の中の子だくさんの家族、昭和20年代の日本の原風景が丸ごと裸のままで立ち上る。「心臓が右にある」最愛の兄の死の描写は、この作品のハイライトだ。「もう死んだから下着もパンツもはかせないのか。いやだなあ、とわたしは思った。パンツぐらいはかせればいいのに」
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本作は1987年から88年にかけて「図書新聞」に連載され、88年10月に(今はない出版社)リブロポートから刊行された。絵本作家佐野洋子が初めて書いた長篇小説である。数々のエッセー集で繰り返し描かれてきた「家族」がほぼそのまま登場する自伝的な小説といっていいだろう。この幻の作品が文庫化され再び世に出る意味は大きい。
解説:岩瀬成子(児童文学者)
※没後10周年の企画として、表紙を差し替えました。
この作品は2012年6月より配信している『右の心臓』の内容と同様のものです。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
キクチカ いいわけなんぞ、ござんせん
26
ヨーコという戦後大陸から引き揚げてきた少女が主人公。親戚の世話で田舎に暮らす。家では偉そうだが村人に相手にされない父親。ピリピリとしてヨーコを叱ってばかりの母親。辛い小説である。ヨーコは親の顔色を見てはグネグネしたり、いい事を言おうとしたりしてますます、叱られる。母親に叱られるとわかっていても友達と遊びながら帰り、帰宅が遅くなり母親の顔を思い浮かべてますます帰るのが辛くなる。帰っても母親はお帰りも言わないで「あんたいい加減にしなさいよ」と低い声で言う。私の実母もそんな感じで、叱るというより当たるって感じ。2022/06/08
小豆姫
21
素のまんまの言葉の強さに圧倒される。そうそう、そうだった。こんなふうに感じてこんなふうに毎日を生きてたんだと。遠くおぼろだった自分の子どもの頃が、にわかに生き生きと丸ごとよみがえって、10歳のヨーコとともにいろんな感情にもみくちゃにされた。2019/06/03
えみさん13
18
自伝的長編小説。巻末解説に共感。子供のころ誰もが経験する感情の動きなのだけど、大人になって文章にするとき、「ひいたり」「盛ったり」せず、どうしてこんなにまで、「そのまま」で書けるんだろう。(息子広瀬弦さんはじめ妹弟知人友人によると、作者の文章には巧妙に嘘が盛り込まれているそうだけど)、10歳、少女は強い目をしている。ひとつ見て、見破る。聖と俗と分けない、そのままでひとつだった。2015/01/13
セバスチャン
8
中国から山梨の田舎に引き揚げてきた一家の生活を、長女である小学生のヨーコの目を通して描いています。親族から邪魔者扱いされる大人たちの事情。子ども同士の差別と和解。ヨーコは一生懸命に、しかしまたクールな対応でもって、生きていきます。遠い昔でもない、日本の農村部に繰り広げられる、なかなか厳しい現実です。児童書のくくりがよく分かりませんが、なかなかショッキングなシーンがでてきました。ビックリしました。2015/10/16
myaown
7
お兄さんの死の前後の幼い日々のお話。佐野サンは母親世代の方なので母から聴いていた話がそのまま目の前に立ち上がってくる様な錯覚を覚えつつ読了。大人になって振返りつつ描いたというよりは子どものままのヨーコがそのまま綴った様に感じられる。お兄さんの遺体をお棺に収める描写が子どものヨーコ目線で描かれるところが尚痛々しく感じる。仕方がないと無理矢理納得する大人を許せないというよりはなんだか哀しみの方が伝わってくるけれどそういうことを含めた全てが当時の厳しさなのだろうとも思えた。2018/01/29