内容説明
コミュニケーション能力皆無の実緒は、高校3年生の時、ある出版社の小説の新人賞を受賞する。ペンネームは「佐原澪」。デビュー当時は話題になったが、6年経った今、佐原澪の名前を覚えている人間は少ない。実緒はデビュー以降、スランプに陥り一作も小説を書けなくなっていた。自分のデビュー作が未だに置かれている書店へ行っては、誰か手に取らないかと監視する日々。するとある日、実緒の本を手に取る大学生風の男の姿を確認する。思わずあとをつけ、彼の家を特定する。部屋の番号を確認し、ポストに手を突っこみ郵便物を抜き取ると、そこには大学からの封筒と彼の名前・春臣の文字が。それからというもの、今まで一行も書けなかったことが嘘のように、実緒は春臣のことを連想した小説を書くようになる。その小説を春臣のポストに投函することで実緒は満足感を得ていた。ひょんなことから実緒は春臣の恋人と仲良くなるが――。第三十七回すばる文学賞受賞第一作。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
さてさて
143
『そうだ、書きたくて書きたくて、書いたのだ』という主人公・実緒の苦悩の先にある物語が綴られるこの作品。そこには『小説を書く理由など、書きたい意思がすべてだ』という実緒の強い思いが湧き上がる物語が描かれていました。『透明人間』というまさかの存在を巧みに織り込んでいくこの作品。主人公達の思いが交錯する先に、それぞれの未来を垣間見せてもいくこの作品。『透明人間』という存在をこんな風に意味付けることができるんだ、と不思議な読み味の中に、緻密に計算された奥田さんの物語作りの上手さを垣間見た素晴らしい作品でした。2022/10/15
もぐたん
71
人との出会いにより輪郭を得た「透明人間」の成長の物語。その思考や行動には共感できない部分も多いのに、なぜか他人事とは思えず、いつの間にか彼女の未来を応援していた。現実を見た彼女は、妄想の力を遺憾無く発揮して本業で再び輝けるに違いない。★★★☆☆2021/12/06
ムーミン
35
「才能と内容を除けば、私のことを描いているみたいです」といって若い同僚から勧められた一冊。なるほど、今の生徒たちと向き合っていると、一定数いるんだろうなとうなずけました。2021/03/19
エドワード
32
人と接することが不得意な美緒。唯一の慰めは本の世界だ。冒険も友情も恋愛も本の中で知る。高校生の時に書いた小説が新人賞を取るが後が続かず、都会で孤独に暮らす美緒は<自分は透明人間だ>と妄想する。ある日、書店で自分の著書を手にした若者を尾行して千田春臣の名前を知る。その日から文章が湧き出し、作品を千田のポストに届ける美緒。SNSで彼の恋人・いづみを知り、彼女を救ったことで三人の交遊が始まる。本当の<恋愛>に触れた美緒の驚き、戸惑い、喜びが新鮮だ。辛いこともあるけれど、現実の世界へ踏み出した美緒の成長を祈るよ。2022/03/13
桜もち 太郎
26
あぁ、自分好みの小説だった。女子高生の時に作家として鮮烈なデビューを果たしたものの、その後は全く書けない日々が続く23歳の美緒。学生のころから「あちら側」「こちら側」と社会と自分、一線を引く心がある。「身のほどをわきまえろよ」「人が自分に近づいてくるときは、なにか即物的なメリットを求めている」。春臣といづみも結局はそうだった。しかし3人の関係に読み手としては輝きを見ることができる。3人で海に遊びに行く場面が象徴的。「書きたくて、書きたくて、書いたのだ」と最後に美緒は思う。2022年一番の作品かもしれない。2022/12/23
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