内容説明
1989年に起きた一連の出来事が、急速に歪められ、忘却されつつある。その中心にあるのが六四・天安門事件である。
従来、「民主化の第三の波」(ハンチントン)や「国家超越的な共同社会」(M・ウォルツァー)への動きと理解されてきた〈一九八九〉は、いつのまにか「新自由主義革命」として矮小化されつつある。「民主化」ではなく「新自由主義」の確立がこの画期を特徴づけるというのだ。
果たしてそうなのだろうか――。本書はこの疑問から出発している。
「新自由主義革命」と事態を捉えた場合、30年後に緊迫化した香港情勢はどう理解すればいいのだろうか。また「紅い帝国」(李偉東)として世界に君臨しつつある習近平体制と民主化という視角なしに果たして対峙できるのか。
本書は、アンドリュー・ネイサン、胡平、王丹、張博樹、李偉東、矢吹晋、石井知章、及川淳子という、これ以上望めない世界的権威が六四と一九八九という歴史的事件に挑んだ。
その中核にあるのは、危機に瀕しているデモクラシーと市民社会の擁護である。過去のものとして暴力的に忘却されつつある両者をいかに恢復するか。その答えが六四・天安門事件にあるのだ。現代のはじまりとしての一九八九へ。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Isamash
21
石井知章・明治大学教授と及川淳子・准教授編。2019年発行。編者以外に中国人4名含む6名が寄稿。第四章までで、図書館の返却期限が来て読書を断念。再度、読みたいと思う。天安門事件が中国人にとっても、大事件であったことは再認識させられた。また、一党独裁政治の維持と国際競争力のある経済発展という両立がとてもできない様なことを中国の権力者は行おうとしていることを再認識させられた。今の権力構造は今後多分変わるのだろう。それは遠い未来なのか、それともすぐ先?2024/07/01
ののまる
12
研究報告なので一般にはちょっと向かないですが、、、去年は64天安門事件から30周年でした。それにしてもこうやって外部で一生懸命ああだこうだと「天安門研究」やったって、当の中共政府はまったく黙殺で国内で何の議論もなく、中国国民も特に若者は何でしょうかそれ、という感じで、風化していってるんだよねえ、と思っていたら、あとがきに、文革は中国にあり、文革研究は海外にある→天安門事件も同じ、という指摘があって、あーやっぱり、と。かといって、海外が忘れてしまったら本当におしまい。2020/04/28
Masa
1
三十年前と今とのオーバーラップ感がなかなか…2020/03/29