内容説明
「あぶない、あぶない、気をつけねばあぶない」。『三四郎』『草枕』で繰り返される鉄道にまつわるこのフレーズは、漱石の近代への危機感にあふれている。作品に登場する鉄道風景を路線ごとに訪ねる。路線図のほか、藪野健氏の情緒あふれる挿絵を多数収録。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
まーくん
79
この本は鉄道を切り口に漱石を評するものではなく、漱石を切り口に鉄道を語るものである。が、それにしても漱石の世界が見えてくる。漱石の目を通して活力に満ちた明治の社会が、市井の人々の動きが見えてくる。開国間もない、東洋の小国が鉄道網を拡げ富国強兵の道を進もうとする姿が。「あぶない、あぶない。気をつけねばあぶない」と言いながら漱石は鉄道の、ひいては近代化がもたらす負の側面を案じながら旅をした。胃痛を抱えながらも汽車に乗って旅をした。著者もまた古い時刻表を紐解きながら、松山、熊本、旧満州、英国と漱石の足跡を追う。2020/05/31
Major
65
こんな漱石の切取り方があったのか。嬉しくなった。著者と共に汽車汽船旅行案内の頁を繰りながら、漱石と鉄道の旅を楽しんだ。昔々テレビのCMで一粒で二度おいしいというチョコレートのキャッチコピーが流行ったが、これは一冊で少なくとも二度はおいしい。鉄道ファンであれば漱石を知る切掛けになり、漱石ファンであれば鉄道を学ぶ事ができる。疾走する汽車を見て「あぶない、ゝ」と言い、汽車に乗って「痛い、ゝ」と言いながらも汽車旅を好んだ漱石に対する著者の敬愛が溢れる。この漱石の矛盾はそのまま明治という時代の光であり影であった。2020/05/15
パトラッシュ
9
鉄道の発展と同時代を生きた漱石は、現代作家がハイテクの成果が人に与える影響を考えるのと同感覚で鉄道を描いたのか。私たちもバイオやAIなど科学技術の恩恵を受けているが、完全に仕組みを理解して使っている人は少ない。技術の発展で国が栄えるのを喜ぶ一方で、魔法と見分けがつかないほど発達した科学に理解が追いつかないままだと、人の生き方や考え方に異常をきたすのではと危惧し「あぶない、あぶない」と繰り返した。漱石がもう少し長生きして、第一次大戦で毒ガスや戦車が出現し大量の人命を失われたと知ったならどう反応しただろうか。2020/06/02
chisarunn
7
漱石の著作を通じて明治時代の鉄道のありさまを探る本。自分は漱石マニアでも鉄ちゃんでもないのだが面白かった!そうかあ、そのシーンはそういう実態があったのね、とウロ覚えの小説を懐かしむ。交流のあった作家たちとの関わりもていねいに書かれており、芥川はともかく子規も読んでみようかなと思わせられる(乗せられやすい)著者は食堂車がお好きで姿を消したことを嘆いておられるのだが、先生、この10月には車内販売すらなくなってしまったんですよ!!ホントに世知辛い世の中になりましたよねぇ。2023/11/02
鯉二郎
6
漱石の小説は鉄道が名場面になっている箇所が多い。ちょっと思いつくだけでも、マッチ箱のような汽車に乗る坊っちゃん、汽車で上京する三四郎、電車停留所で探偵する敬太郎、轟轟となる車中で先生の遺書を読みふける私等々・・。著者は昔の汽車時間表を手がかりに、漱石が乗った汽車を大胆に推理する。明治42年秋、漱石と伊藤博文が大阪神戸間ですれ違ったことを示す自作ダイヤグラムは必見だ。朝日入社後の漱石は、義理堅い性格から、列車に長時間揺られて関西や満州へ旅した。これが胃弱の体をさらに悪化させたと著者は述べる。この説に同感。2020/05/07