内容説明
「そのとき私は、けものになりました」情事が記された夫の日記に狂乱する妻。その修羅を描いた『死の棘』。だが膨大な未公開資料を徹底解読し、取材を重ねた著者が辿りついたのは、衝撃の真実だった。消された「愛人」の真相、「書く/書かれる」引き裂かれた関係。本当に狂っていたのは妻か夫か。痛みに満ちたミホの生涯を明らかにし、言葉と存在の相克に迫る文学評伝。読売文学賞他受賞。(対談・沢木耕太郎)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
きょちょ
32
今頃なぜ島尾敏夫・ミホなのか・・・、ミホは2007年まで存命で、著者は直接彼女に取材していたということで、納得。取材もそうだが、膨大な資料を丹念に読み込み、そして文学性の高い文章は、同じノンフィクション作家の堀川恵子に匹敵する。ミホは、敏夫の日記、その中の17文字で「狂うひと」になるのだが、ここに書かれているように、敏夫は意図的に自分の日記を読ませその後のミホを小説の題材にしたのだとしたら(恐らくそうなのだろう)、私にとって「死の棘」もそうだが、島尾敏夫という作家への印象が大きく変わってしまった。★★★★2019/10/23
ぶんぶん
20
【図書館】「死の棘」の事は全然知らなかった、文庫の説明文で大まかに判った。 なのに、この本を読んでみようと思ったのは、夫婦の有り方とはどういう物なのか知りたいと言う単純な思いだった。 とんでも無い本だった、夫婦、両方とも作家、しかるに本音だけで書く訳が無い。 いろいろ混じりあった中から事実だけを選り分けていく。 梯氏の取材力に脱帽。 しかし、読んで行くのが苦しくなってくる。 900頁、五日間を費やしました、読むのを止めよう、でも、読みたいの連続でした。 沢木、梯の対談に来て、やっと現実に戻れました。 2021/09/07
makimakimasa
11
特攻の死を待つ間の大恋愛、その裏にはトシオの罪悪感と自己嫌悪、恋人の運命に対する無頓着さがあり、戦後も陶酔の中にいたミホと昂揚の冷めたトシオの擦れ違いが痛々しい。震災も戦争も横をすり抜けて行った、小説を書く必然的な立場が無い、もっと犠牲が必要だというコンプレックス。トシオが日記をわざとミホに見せた説は驚き。まさに「永遠に続く不安定志向の文学」、命のぶつかり合いで活力取り戻す。不倫の事実より日記の言葉に捉われたミホ、ミホと愛人という2人の検閲者、教え子を通した神話崩し。書く/書かれるを巡る夫婦間闘争の凄み。2021/11/06
練りようかん
10
夫の死後自分が死ぬまで21年間も喪服を着続けた女性。強烈さに目がチカチカした。島を守るためにきた男と巫女のような少女の出会い。名作の見方を決定づける論や解説に違和感を抱いていたため、異を唱えたことが面白いと思った。島尾作品の検証から納得させられる素地、資料やインタビューから窺えるミホの願望が丁寧に綴られていて面白い。ミホの意見で原稿を直したりと『死の棘』は殆ど共同作業だった発見は大きく、生い立ちから想像する家族観や島民や養父を裏切った罪悪感を知ると、この男を選んだ悔恨と闘い向き合い続けた人生に思えた。2024/04/09
glaciers courtesy
10
「死の棘」自体が愛の極北というべき内容の本だが、それに取りつかれているかのような執念で丹念に丹念に検証を重ねた凄い本だ。それにしても、感心するのは登場人物の誰もここに倫理を持ち出しはしないし(ミホがトシオの浮気相手であるチカコを自分の家庭を無茶苦茶にしたと責めるところくらいか)、作品を読んだ人物たちもトシオの浮気を責めたりはしない。この時代は生きるということはこういうものだという共通認識があったのだろうな。ワイドショーのように人に倫理ばかりを求める観点だと、どこまで行ってもこんな人間理解には辿り着かない。2020/10/12