内容説明
悲しい曲で人は悲しくはならない――
心の哲学を利用した美学の観点から、「音」とは何か、「聴取」とは何なのかを考察する。
美しい音楽を聴いたとき人は感動を覚える。このような美的経験は日常にあふれているが、美しい/美しくないという判断にはどのような基準があるのだろうか。そしてどれほどの客観性があるのだろうか。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
しゅん
14
非常に面白かったし、音楽における価値についてよくわからないと思っていたところが詳細に分析されていて勉強になった。経験主義的な論(たくさん鑑賞した人間が適切な解を出せる、といった)になってる点になんらかの引っ掛かりを感じるが。「悲しい」の分析で、そもそも音楽自体は悲しい気持ちにさせる要素を持たないのはその通りだと思う。マルチモーダルという言葉も色々使えそうだ。2020/07/15
kentaro mori
6
非常に面白かった。「悲しい」曲を聴いて、なぜ「悲しく」なるのか。その曲の「美」はどこにあるのか。心の哲学、認知科学などから展開。特に最後のペルソナ説についてはイデア論のようにみえたがどうなのか。音楽だけにとどまる話ではない⚫️ペルソナ説によると、悲しい音楽とは悲しみを抱いた架空の人物(ペルソナ)を想像させるものである。[・・・]悲しい音楽は誰かが抱いた悲しみを表したものだと主張するのである。とはいえ、当然ながら表出的性質の担い手である音楽は心をもたない。そのためペルソナ説は、想像されたペルソナを導入する。2019/10/27
たろーたん
5
この本の大きなテーマは二つある。①「なぜ悲しい音楽を聴くのか」。これを著者は悲しい音楽を聴いて込み上げてくる感情があるまでは正しいが、それが悲しい感情ではないと指摘している。つまり、聞き手が自分が悲しい状態にあると誤って信じているのだ。楽しい音楽と同様に悲しい音楽も人間にとってポジティブな情動を湧かせているのであるため、悲しい音楽でも何度も聞こうという訳になる。不審に思うかもしれないが、情動を表す語彙の問題もあるし、そもそも人間は結構自分の心的情動の観察を誤る。(続)2023/02/17
寺基千里
5
問いに対する結論は理解できたように思う。だが、それを自分の言葉で説明するとなると非常に難しい。一応、自分なりに読み進めた結論を書いておきたい。人は悲しい曲を聴いて悲しくなるのではなく、曲の中に悲しみを見出している、あるいは想像しているから悲しくなる。それは我々が蓄積してきた悲しさの経験が影響してその曲に悲しみを生じさせる類似説と悲しみを抱いている誰か=ペルソナを想像する事で悲しみを感じるペルソナ説によって説明される。2020/11/22
hakootoko
5
8、9、10、結。5、6、7。1、2、3、4。美的性質の客観主義。遠位説。 マルチモーダル知覚。類似説とペルソナ説。2020/01/12