内容説明
遺書は書けなかった。いやだった。どうしても、どうしても――。あの日福島県に向かう常磐線で、作家は東日本大震災に遭う。攪拌(かくはん)されるような暴力的な揺れ、みるみる迫る黒い津波。自分の死を確かに意識したその夜、町は跡形もなく消え、恐ろしいほど繊細な星空だけが残っていた。地元の人々と支え合った極限の5日間、後に再訪した現地で見て感じたすべてを映し出す、渾身のルポルタージュ。(解説・石井光太)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
しんたろー
200
実体験を丁寧に綴った本…「わからないのよ。みんな、自分の身に降りかからないと、わからないのよ」…福島で生活している人の言葉が胸に沁みる。3・11の状況や後日の話などを小説家らしい表現力で記しているので、目に浮かぶように理解できた。彼女の素直な心情も頷ける部分が多く、無知な自分が恥ずかしくもなった。そして、既読作品の多くが儚く繊細で心情描写が豊かなのは、このような経験をして彼女の才能が研ぎ澄まされたからだろうと思った。あの日の衝撃と今も続く復興を風化させない為にも一家に一冊置いておきたい必読の佳作だと思う。2020/03/17
なゆ
111
あの日、彩瀬さんは一人で仙台からいわき市へ向かう電車に乗っていた。表紙の写真は津波でひしゃげたその電車。彩瀬さんは背後に迫る津波から逃げて、命からがら高台の中学校に避難したのだそう。居合わせた見知らぬ人たちに助けられながらの避難生活の記録と、その後ボランティア等で福島を2度訪れた際の紀行文だそう。何度も“死”を覚悟し、遺書まで書きそうになったことなど、どれほど極限の状態に置かれていたのかと。どれだけの人たちが、そんな思いを乗り越えて今があるんだと改めて思う。彩瀬さんの作品の深み凄みの原点なのかも知れない。2020/09/11
masa
101
不条理な暴力に襲われた人たちの前で、当事者でないことが心苦しくて、ぎくしゃくしてしまう。自分なんかが生き残ってしまったことに罪悪感を覚える。なのに、笑うことや楽しむことは不謹慎じゃないと、被災者に励まされた。きっと永遠に忘れない。「子供が虐められるから、被災地で働いてる話はしないで」といった声。天気予報と共に流れた“環境放射能測定値”と風向きの予報に、だからってどうしろというんだと呆れた想い。眠れない夜、つけっ放しのTVから砂嵐の代わりに流れた『かぞえうた』を。僕らは思っていた以上に、脆くて小さくて弱い。2019/03/11
rico
99
東北を旅行中に震災に遭遇、迫る津波から逃れて避難した経験を綴る彩瀬さん。さっきまで歩いていた街が波に呑まれていく衝撃、厳しい避難所の環境、断片的な原発事故の情報と不安・混乱。偶然出会った人たちの善意。語り口はむしろ静かと言ってもいい。そのことが逆に、あの日あの時そこにいた人たちが、見て感じて考えたことをリアルに伝えてくる。そして、震災と事故で深い傷を負った福島と、自らを含む「外」の人々の対比への眼差と深い洞察。 神は彼女をかの地に遣わし、語り部と為した・・・ふとそんなフレーズが浮かぶ。うん、きっとそうだ。2019/03/25
chantal(シャンタール)
95
たまたま旅行中に福島県内で被災した作家の被災当時の様子のルポ、その後のボランティアとしての再訪、被災時助けてくれた地元の方との再会。今、日本は新たな危機に直面していて「今更」感のある読書だったかもしれない。でもやっぱり今更なんかじゃない。なんでこうも大変な事ばかりがこんな短期間に立て続けに起こるのか。未曾有の災害時、どうすればいいのか、色々と考えてしまう。これからも何があるか分からない。でも私は一人でそれを乗り越えていかなければならない。誰にも頼れない。心を強く待たなきゃ!と自分を励ましてみる夜哉。2020/04/22