内容説明
変転きわまりない戦国の世の対極として、永遠の美を求め〈嵯峨本〉作成にかけた光悦・宗達・素庵の献身と情熱と執念。壮大な歴史長篇。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
384
信長の上洛、本能寺、光秀とその一党の滅亡、秀吉の天下と朝鮮出兵、そしてその死と関ケ原へと近世初頭の激動の時代を三人の声が語ってゆくという、かなり斬新な手法をとる。その三人とは、本阿弥光悦、俵屋宗達、角倉素庵であり、彼らは歴史が大きな転換点を迎える、この時にあってそこからは距離を置くことのできた芸術家、ディレッタントであった。やがて彼らの結集によって成立したのが、木版活字本たる「嵯峨本」である。残された資料の少ないことから、辻邦生にとって最も創作の余地があったのは俵屋宗達であっただろう。共感の軸もあるいは⇒2022/05/03
夜間飛行
59
戦乱、悪疫、天災の中、ひたすら美と真実を求める人々がいた。嵯峨本の刊行を手がけた光悦、宗達、素庵の三人である。この小説は彼らが交互に語る形をとる。信長や秀吉の生き方からは、人々が求める力の虚しさを感じざるを得ない。だが、そうした虚無の深淵にあって、本当のものを見たり聞いたりすることができれば、たちどころ瑞々しい色や形が現れる。そんなことを名もなき人々の生き方から教えられた。青空や、雲や、鳥や、木立や、花々や、命あるものの永遠に変わらぬ姿…人生の終わり近くに光悦が見た、幻のような光景でこの物語は閉じられる。2014/01/18
syaori
53
闇のなかからの三つの声。本阿弥光悦、俵屋宗達、角倉素庵、彼らの語るその人生。彼らは語る、戦乱の世、信長の栄華は炎に消え、秀吉の絢爛豪華も夢となり、繰り返し崩れ落ちる波ような世に何を残すのか、何をつくるのか。こんな空しい繰り返しが生きることなら、人は何のために生きるのか? その懊悩のなかで彼らが夢を紡ぎ、不変不易のもの、すべてが満たされる優美、幽艶なものを求め、嵯峨本や和歌巻に収斂されてゆく様子には言葉もありません。私たちが今も彼らの作品を見て感じる甘美さ、そのなかにどれほどの思いが織り込まれていたことか。2017/05/26
Book & Travel
48
辻邦生の小説は初めて読んだが、内容の濃さに圧倒された。闇の中で人生を振り返る3つの声の主は、本阿弥光悦、俵屋宗達、角倉素庵。戦国、安土桃山、江戸と時代が移る中、権力者の興亡と翻弄される民衆に触れ、世の空しさと自らの宿命に苦悩する。不変のものへ募る思いは、やがて豪華本<嵯峨本>の製作へと結集していく。滔々と段落無しで交互に語られる独白は読むのに時間が掛かったが、死生観、芸術観を表した深い心理描写によって、3人の姿がはっきりと輪郭をもって浮かび上がるようだった。大事に蔵書して、折に触れ読み返したいような作品。2019/01/19
アキ・ラメーテ@家捨亭半為飯
43
『西行花伝』もそうだったけれど読み終えた後の余韻、充実感がとても気持ちがいい。角倉素庵(開版)、本阿弥光悦(書家)、俵屋宗達(絵師)の三人の声が、代わる代わる語る嵯峨本出版に向けてのそれぞれの人生。戦国時代、ちょうど信長、秀吉、家康と移っていくまさに激動の時代を生きた三人の仕事、家業、恋、家族。移ろいゆく世を愛しながらも、ひたすら自分たちの求める美の世界を作り上げようとする姿に、のめり込むように読んでしまった。2015/06/29