内容説明
悠揚たる富士に見おろされる戦時下の精神病院を舞台に、人間の狂気と正常の謎にいどみ、深い人間哲学をくりひろげる武田文学の最高傑作。自作を語る「富士と日本人」、担当編集者・村松友視によるエッセイ「終章のあとのエピローグ」などを収めた増補新版。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
chanvesa
30
聖書の受難の物語、日本の神話のプリミティブな性のイメージが力技でねじ込まれたような作品。武田泰淳の根幹にある(と思っている)ペシミズムや倫理観が垣間見える。「何が一体、重大なことなんだろうか。生きるとか死ぬとか。(438頁)」戦地での体験を経た戦中世代にこのような感覚があるとしたら、この感覚をはっきりと口に出すことに、「現代」との断絶を生み出していることになるような気がする。武田泰淳、椎名麟三、梅崎春生を読んでいて、遠さを感じることがある感覚はこれなのかもしれない。2021/09/19
Michael S.
4
堀田善衛との「上海」つながりで、初めて読んだ。戦争末期、富士の裾野にある精神病院が舞台の小説。精神科専攻の見習い医師の回想として語られる。 患者で自らを「宮様」と詐称する語り手の友人・一条実見と身内の不幸な事件に何度も遭遇しながら職務を全うする院長甘野医師の行動が、神の意図を伝えようとし理解されず犠牲となったキリストの姿に重ねられているように思える。小説全体としては特徴的な人物が多数登場して様々な事件が発生し、まずまず面白いがゴチャゴチャしてまとまりに欠ける印象。読み手で評価が分かれると思う。 2019/04/05
Book Lover Mr.Garakuta
3
図書館本:戦時下の精神医療に関する小説2018/10/08
ぴかぴか
2
武田百合子さんの随筆等が大好きで、ではということで夫の泰淳氏の著作物も読んでみようと思ったのだ。「富士」の中に百合子さんが投影されている部分もあり、百合子さんの力なくしてこの凄まじい小説は完成しなかったのだろうなとも思った。p634「我々は正気でもあり狂気でもあるのだ」という一文を覚えておきたい2022/07/29
ぴかぴか
2
書き続けているという感じがする・・善悪、娼婦とマリア、快楽と苦痛、死と生、死臭と化粧のにおい・・などなど・・それぞれがが苦しみつつ生きている。「富士」という題名の意味にフムフムと唸っている。7/29読了、難しいし680ページの長編だし一度読むのをやめてるし・・ということだったので読了できて嬉し。480ページ以降はカオスで、すさまじいい展開。しかし最後は静かに終わった。解説も読み、富士は見る方向によって様々な解釈がなされるのだそうで、さらに自身の富士での生活からの思考を礎に書かれたということを知る。武田百合2022/07/29