内容説明
「咳をしてもひとり」「いれものがない 両手でうける」――自由律の作風で知られる漂泊の俳人・尾崎放哉は帝大を卒業し一流会社の要職にあったが、酒に溺れ職を辞し、美しい妻にも別れを告げ流浪の歳月を重ねた。最晩年、小豆島の土を踏んだ放哉が、ついに死を迎えるまでの激しく揺れる八ヵ月の日々を鮮烈に描く。(講談社文庫)
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
mocha
103
自由律の俳人 尾崎放哉。帝大卒のエリートでありながら酒で身を持ち崩し、妻も職も失い死地を求めて小豆島へ渡った最晩年を描く。他人の温情にすがるしか生きる術を持たない放哉が、それでもプライドを捨てきれずに大言を吐く哀しさ。独りで野垂れ死にたいと言いながら毎日手紙を待つ孤独感。吉村昭氏自身の結核闘病体験から、その病の描写は鬼気迫るものがある。素晴らしい伝記文学だった。「障子開けておく 海も暮れきる」2017/01/13
mondo
90
先日、吉村昭記念文学館で昭和60年にNHK松山放送局でドラマ化された「海も暮れ切る〜小豆島の放哉」を観る機会を得た。主演橋爪功以外は全て小豆島の島民で、放哉の最期の8ヶ月を描いた作品だった。それは、吉村昭の原作を忠実に描き切っていた。結核に冒され、壮絶な死に至るまでを描いた小説は、吉村昭の青年期と重ねたものだった。吉村昭は放哉が亡くなる40歳になるまでは、小説を書くことを控えていた。そして書き始めてからは、書き終えるまでは死にたくないと願って書いたという。放哉の俳句「咳をしてもひとり」が今も心に響く。2022/09/13
ともくん
82
人生の最晩年、肺を病み、小豆島に辿り着いた俳人・尾崎放哉。 五七五にとらわれず、自由な作風で知られた。 放哉の人生も作風と同じく自由であった。 むしろ自己中心的である。 俳人としては有能かもしれない。 しかし、人としては最低だ。 日に日に痩せ衰えてゆく放哉を冷徹に克明に描き切った大名作。2019/01/31
こばまり
72
やっぱり放哉やな奴だった。鮮烈な句、鮮烈な存在感。しかもあんな風に逝かれたら、遺される身は堪ったものじゃない。かねてから知りたかった俳人の生涯について、最も信頼できる作家が書いていたと知り、うれしくて飛びついた。果たして期待通りであった。 2019/06/11
がらくたどん
71
最近どの程度の「役立たず」だったら社会は生きる隙間を黙認するのか考える。句才に加え学歴も地位もあった放哉のアルコール依存に心身を食い荒らされ醜態をさらしながらも死ぬまで生きた最晩年を書簡類から再構成した作品。暴言・無心・傲慢な放言・弱音・開き直り・悔恨。死への恐れと心の乱れを繕わずに放出して憚らない。受け取る方は溜まらない。塵貯めじゃないんだぞと言いたくもなる。謝罪・感謝が足りない?そこまで思ってハタと困る。「生きるに値する」基準ってなんだろう?誰が決めるんだ?彼は自死をしなかった。大したもんだと思う。2022/03/14
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