内容説明
裸は適応的な進化だったはずはない――。では、ヒト科ではただ一種だけの例外的な形質、生存のためには圧倒的に不利な裸化は、なぜ、そしていつ起こったのか。一方で、ハダカデバネズミ、ハダカオヒキコウモリなど、ごく少数の裸小型哺乳動物は、それぞれが独特の生態を持つ。では、人類が生きのびるための術とは? 自然淘汰説や人類海中起原説などの説を検討し、遺伝学・生物学などを参照しつつ、現代人類の特質の起原を探る。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
やいっち
58
人が裸になったこと、体毛を一部を除いてほぼ失ったことの意味は大きい。だからこそ、火の意味、家を作る意味、着物を作る意味が大きかったし、クロマニヨン人がネアンデルタール人(島泰三氏は、ネアンデルタール人は未だ毛もの=獣だったと考えているようだ)を長年の戦いの末、打ち破り、生きる世界を広げ、現代につながって行ったのだ…、という説が本書では展開されるのだが、それはまた別の機会に。 https://ameblo.jp/kyat/entry-10008788194.html 2016/11/12
コーデ21
16
《「なぜ人間は裸なのか?」 自然淘汰説や人類海中起原説などの説を検討しつつ、現代人類の特質の起原を探る》ダーウィンの自然淘汰説や人類海中起原説などに激しくかみつく(笑)筆者・島泰三氏の勢いに飲まれながらも楽しく拝読しました。ただし「結局なぜ?」という疑問点は「偶然の産物」ってことでしょうか? いささか”煙に巻かれた”感もありますが、砂漠化、温暖化、海洋汚染など壊滅的な地球環境に至る現代危機を顧みての最終章「おわりに」における島氏の抒情的な文章にはグッときました✨2025/02/26
kenitirokikuti
12
進化論を前提とするならば、ヒトはいつふさふさの毛皮を失ったかを問う必要が生じる。著者は「適者生存」に含まれるニュアンス「適していたから」「優れていたから」を排除し、無毛化は明らかに生存のためにはマイナスだったが、他の理由により生き残った、という考えを組み上げる。寒さをしのぐために生まれた小屋を建て炉を作る組織力が生存の理由である、と。喋るための諸機能を得たことや長時間歩くのに適した能力を有することは、たまたまである。…2018/05/19
kuppy
6
人間がはだか(全身に体毛がない)ことに関して、適者生存を謳うダーウィニズムに対する反論などを通して展開、替わりに家や衣類を作り出していくことは人間の存在がエコでないのかとも感じる。象などの1tを超える哺乳類は自分が発する熱によって体毛が必要ないこと、鯨、イルカなどは皮下脂肪を蓄えていて必要がないことなど興味深い。途中シラミの研究についてドイツ人の研究論文をNYの坂本龍一さんからコピーを送ってもらったと注釈があった。博士と呼ばれた坂本さんらしい博学ぶりでびっくりした。2023/04/14
影実
4
生存の上で明らかに不利なはずなのに人類が体毛を失いはだかになったのは何故か、という疑問に対して数々のフィールドワークや研究から自説を提唱した一冊。ダーウィンの適者生存、自然淘汰の理論を批判するにとどまらず、人類水中起源説などの様々な学説にも真っ向から批判の目を投げかける姿勢はすさまじく(ちょっと過剰に批判しすぎと感じる部分もなくはないが)、最新の学説や学会状況は存じ上げないが、読んでいて興奮するとともに説得力を感じる一冊だった。2023/03/07




