内容説明
エルヴィス、ボブ・ディラン、ビートルズ……
信仰は、あの名曲に何をもたらしたか。
「ロック」と聞けば、それがジャンルとして確立されてきた当時から「若者たちの音楽であり、反体制的で権力に反抗するもの」だというイメージが強かった。
そうした権力のなかには、西欧社会で力をふるってきたキリスト教も含まれる。そのため、キリスト教文化になじみのない日本人からすればキリスト教的精神とロックは相いれないものだと考えるだろう。
しかし、エルヴィス・プレスリーやボブ・ディランをはじめ、アメリカにおける多くのロックミュージシャンが、自らの楽曲のなかで「神」「イエス・キリスト」「マリア」を讃えていたり、あるいは祈りを捧げたりしている。
むしろその西欧社会におけるキリスト教とロックのかかわりを紐解くと、キリスト教がなければ、ロックは生まれてこなかったのではないかという見方さえもできる。
信仰を持つことによって、あるいは信仰を否定することによって、彼らの音楽はどう変化し、それはロックというジャンル全体にどう影響していったのか。宗教学者がその関係をひもとく。
目次
第一章 エルヴィス・プレスリーは、なぜゴスペルを歌ったのか
第二章 ロックはゴスペルからはじまった
第三章 ボブ・ディランは、なぜキリスト教に改宗したのか
第四章 ジョン・レノンは、なぜ神を信じなかったのか
第五章 ロックがキリスト化する必然性
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
gtn
26
ジョン・レノンは、神を信じなかったというより、教会の権威に嫌悪を感じたのだろう。「僕らは、いまやイエスよりも有名」とのジョンの発言。素朴な感想である。当時の世相を反映した正しいコメントである。その発言から45年も経って、ローマ法王庁がジョンを「赦して」くださったそうである。教会ってなんて慈悲深いんだろう。ありがたいありがたい。既に亡きジョンは、その赦免を突き返すこともできない。バチカンに対し「卑劣」というのは言い過ぎか。2018/11/29
苺畑序音
14
あちらで調べ、こちらから引用してと、色々大変でしたでしょうけど、何を今さらという内容。当事者意識が感じられない無理やりな問題意識。夢中になって聴いてきたとは思えない。「ロックの宗教性について考えることは、ロックの本質に迫ることになる」って、本質はそこじゃあないんだよ。タイトル買いするとたまには失敗もするな。 2018/02/14
田中峰和
6
宗教概念の違いによってイギリスからの移民で始まった米国。ロックにおける音楽性の差異を宗教の観点からプレスリー、ディラン、ビートルズの比較で章別に論じられる。プレスリーが最も信心深く、幼いころからゴスペルに親しみ、人気を得た後も世俗の人気より神への帰依に拘り続けた。ディランはユダヤ教からキリスト教へ、さらにユダヤ教に戻るという道を選んだが、プレスリーほどの信心深さはない。英国出身のビートルズは宗教への関心は薄いが、レノンは自分の人気がイエスを超えたと発言し、批判を受けた。ストーンズはさらに信仰心がない。2020/12/16
Yappy!
3
タイトルのジョン・レノンだけでなく、ロックをめぐる宗教観との関係を宗教学の専門家が分析。プレスリーのところとゴスペルのところで、教会との距離感、背後にある宗教観がとても新鮮で、日本人には違う感覚でしかわからないんだなぁというところを実感。 ロック関係で深いと言われるものに日本人があまり靡かないのも、つまりは背後にある宗教観や文化が違うからなんだろうなということも感じられる。 音楽はそれぞれの文化・思想を全て背負ったもの・・・改めてそれを実感。2018/02/24
パスカル
3
エルビスの分析は、なかなか興味深かったな。彼が本当にやりたかったのがゴスペルだとしたら、色々とイメージが変わってくるわ。反面、残念だったんがジョン・レノン。ビートルズを含め、なんとなく薄っぺらく消化不良気味で……。タイトルに偽りあっし、「ロックとキリスト教」でよかったんじゃないかなーと。2018/09/21




