内容説明
三十五になるさなえは、幼い息子の希敏をつれてこの海辺の小さな集落に戻ってきた。希敏の父、カナダ人のフレデリックは希敏が一歳になる頃、美しい顔立ちだけを息子に残し、母子の前から姿を消してしまったのだ。何かのスイッチが入ると大騒ぎする息子を持て余しながら、さなえが懐かしく思い出したのは、九年前の「みっちゃん姉」の言葉だった──。痛みと優しさに満ちた〈母と子〉の物語。 表題作他四作を収録。芥川賞受賞作。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
納間田 圭
126
芥川賞作。文章はとても綺麗。逆に九州弁の母親のストレートすぎる物言いは…耳に痛過ぎ。でもそれはそれで…いい味付けになっている。九年前のカナダ旅行の話しと、九年後の大分の実家の話しが…シンクロ。カナダ人の夫と破局し…シングルマザーとなった彼女。彼女は幼い息子と実家に帰省。息子の名前は「希敏(ケビン)」…なかなかの”こまったちゃん”。「文島」という離島へ”幸せの砂”を探しにケビンと2人で行くのだが…やっと帰って来た…船着場。”幸せの砂”が詰まった透明の瓶を落としてしまう。果たして…海に落としたのは、それだけ?2023/02/13
コットン
70
日曜美術館の司会でおなじみの藤田嗣治オマージュの容姿をする著者の4つの短編集。表題作品では2/3あたりの「鳥のさえずりに似たおばあちゃんたちの声は、鳥たちが朝をつれてくるように光を呼び寄せる。」というあたりから、喚起された事柄から話が繋がっていく手法が自然で凄い。2019/10/27
南雲吾朗
70
日曜美術館の司会をしている小野正嗣氏がどんな作品を書くのだろうと興味が沸き購入。表題作は九年前の旅行時の心情と現在の状況が折り重なるように描かれる。モントリオールの教会でのみっちゃん姉の祈りとさなえの現状との重なりが凄く印象に残る。それぞれの章が登場人物や、状況、場面ですべて繋がっている。それぞれ種類は違うけど、日常の悩み事や葛藤、悲しみなどを抱えている人々が描かれている。派手さは無いが、染み入るような文章運びである。巻末の芥川賞受賞スピーチが凄く良い。小野氏の小説に対する姿勢や人柄が理解できる。2019/02/16
hit4papa
67
4作品からなる短編集です。タイトル作は、離婚しハーフの息子と両親のいる田舎に戻ってきた女性の物語。美しい容貌を持つ自閉症の息子(明言はされていませんが)の日々と、九年前のカナダ旅行の思い出が混じり合うように語られていきます。他の三作品は、タイトル作の登場人物たちが違った角度で描かれるという趣向です。全編を通した時に違った景色が見えるでしょう。それだけ、タイトル作のインパクトが弱いということかもしれません。そこはかとなく哀しい感じが良いですね。巻末の亡き兄に捧げた芥川賞受賞コメントにはぐっときます。2021/06/29
納間田 圭
57
泣き止まない幼児を母親が「引きちぎられたミミズ」と表現するのは如何なものか。一見静かな田舎の景色や時間の中で平凡で穏やかに日々を送る人々の話しだけど…実は、残酷で現実な話し。登場人物が次々に視点を変化し繋がながっていく連作短編集。障害児を抱えたシングルマザー。海外旅行で迷子になる田舎のおばちゃん達。大分に来た留年大学生3人。網に掛かった海亀を鍋にして宴会…漁師達。田舎で特ダネを狙う新聞記者。老婆の代りに毎日墓参りする少年…波のように次から次へと押し寄せ、引き返す。これが男性が書いた文というのも少々驚く2018/01/13