内容説明
本来反小説な神々や英雄の悲劇の世界を、現代小説に直接「移植」する試みのなかで、古代ギリシャ人の行動様式や神話的モチーフは、そのグロテスクな陰惨さのままに、今も我々の内に息づき生き延びているのではないかということを問いかける。「向日葵の家」「酔郷にて」「白い髪の童女」「河口に死す」「神神がいた頃の話」の5篇から成る連作集。
目次
文芸一般
倉橋由美子
古代ギリシャ
ギリシャ悲劇
向日葵の家
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
70
「あとがき」で筆者はこの一連の小説が、「悲劇と小説とに関する一種の批評である」と述べている。そして、いずれの5つの物語も、ギリシャ悲劇を多かれ少なかれ背負ってはいる。しかし、それらは小説の着想のもとにあるに過ぎず、本質は別のところにあるように思われる。すなわち、ここで語られるのは、本来の古典的な意味での「モノガタリ」―すなわち、眼に見えないモノ、人知を超えてしかし厳然としてそこにあるモノを「カタッタ」のだという意味において。それゆえにこそ、「白い髪の童女」のように能の世界とも違和感なく共存し得るのである。2013/04/01
ナマアタタカイカタタタキキ
51
ギリシャ悲劇に現代風な設定を盛り込んであれこれ書き直したらしい連作短篇集。古典作品を近代的或いは現代的にアレンジする試みは文学に限らず今も盛んに行われているけれど、一応は元の話を知らなくても楽しめる内容になっている。グロテスクながら神秘的な深みが大いにあって、否が応でも想像力を掻き立てられる。読んでいるうちに霧の中へ迷い込み、知らぬ間に向こう側の世界へと辿り着いてしまっているような、そんな危うさに惹き付けられた。そういう意味で特に気に入ったのは、『河口に死す』と『白い髪の童女』。こういうのもっと読みたい。2021/02/25
GaGa
34
これは中々の意欲作である。ギリシャ悲劇を現代を舞台に幻想小説風に仕上た作品で、勿論ギリシャ悲劇を把握していた方がより楽しめる(そうでない方は著者独特の文章力を楽しみ、新鮮な話として味合えばよい)読み進めていくとどんどん襲い掛かる不協和音。それに耐えてこそこの作品の意義がある。2010/12/02
松本直哉
28
ジェイムズ・ジョイスが『オデュッセイア』を20世紀のアイルランドで語りなおしたように、著者がギリシャ神話を現代日本に移しかえるとき、英雄はしがない給与労働者に、神は無愛想な弁護士に変容し、いにしえの熱狂と陶酔の劇は、ここでは安っぽい舞台装置のうえで、冷徹に内省され、細部まで意識的・批判的にとらえかえされる。もはや悲劇ではなく、悲劇の二番煎じなのだとすればこれは喜劇だろうか。五つの短編の最初と最後を飾るのがオレステイア三部作で、この劇のもたらすインパクトは語り直された後もいまだ失われていないように思われた。2024/03/30
三柴ゆよし
11
ギリシャ悲劇を現代小説に「移植」した連作集。神話や古典の文学を換骨奪胎した小説はさして珍しくもないが、本書収録の五篇については、登場人物の各々が、作中における自らの役割に、異常なまでに自覚的なのがきわめて異色といえる。自己の行動様式をギリシャ悲劇にあてはめてしまう彼らは、あまりに批評的かつ運命論的であって、機械仕掛けの神の存在を半ば確信しながらも、演者としての責務を気乗り薄に全うするのである。反悲劇であって反小説。素晴らしい傑作。2010/03/03




