内容説明
「沈黙のなかの沈黙」
長崎に住む作家の「私」は20代の頃、同僚の義父の葬儀に参列して、「夜、もうひとつのお葬式がある」と聞かされた。さては隠れキリシタンの秘義か? と色めきたつ「私」に同僚は困惑を隠さない。そのときから「私」の脳裡に一組の男女が棲みはじめた。
「私」はやがて、弾圧の時代にもキリシタン信仰を守り抜いた一族の末裔を主人公とする小説を書いてデビューする。しかし、それは底の浅い、通俗的な物語ではなかったか?「私」はやがて書きあぐね、行きづまる。
自分は、遠藤周作『沈黙』などの物語をこの土地の歴史に編みこんでいたのではないか? 虚構の記憶をも土地に重ね、本来の土地の姿を見失っていたのではないか?
幕末の潜伏キリシタンのプチジャン神父による発見という「物語」を批判的に乗り越える試み。作家としての出発点へ立ち返り、新たな地平へと飛翔を遂げる問題作。「小指が燃える」
長崎で戦争や敗残兵の物語を紡ぐ「私」の元へ、小説は面白くなければ、売れて読まれねばと言い切る元政治家の先輩作家(石原慎太郎)と、原爆体験を書き継ぐ女性作家(林京子)のまぼろしが交互に訪れる。
体験していない戦場や爆心地を書くのは、そこに美を感じ魅了されるからではないか。それは堕落、倒錯ではないか・・・。
己に問い直しながら「私」は、以前、文芸誌に発表した敗残兵の物語を書き直しはじめる。力作中篇240枚。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
沙羅双樹
5
神について考えさせられた。私は有神論者なので、時折こころが痛くなる表現があったのだが、それはあくまで小説としての手法であり、着地点はしっかりとしていたので納得できた。また、対談形式にすることによって神の存在価値が見事に炙り出されていた。2022/10/30
hutaro
5
「小指が燃える」の方の感想のみ。戦争を美しいと感じる主人公の考えだけにはどうしてもついていけない。しかし文章に迫力があるせいで、なんで美しいと思わないのかをちょっと考えさせられてしまった。分かりやすい本ではないが、つまらなくはない。2017/09/12
mick
2
読んでいて随筆のように感じられてくる。二作品を続けて読んで、逡巡に苦しくなる。書くこと、原爆、神、混然とした中にいろいろな問題が見えてくる。私にとって青来作品は哲学的でじっくり読むべき作品。戦争を体験しないものが戦争を書くこと、その意義と危うさも考えさせられる。2017/09/15
zikisuzuki
1
小説は文学にも娯楽にもなるが、その境が最も曖昧な表現だ。本に神がいると言うのだから著者は文学を目指しているのだろう。小説を書くという孤独で静かな筈の作業する作家の頭の中の騒がしい事、セロ弾きのゴーシュに例えているそれら、ホントに騒がしい。書き上げた作者の達成感とは別の無報酬がぶら下がっていて、なんだか小指が燃えている。面白い作品では無いが、不思議と読んで良かったと思えるのは私もまた文学を好きだからかもしれない。2017/09/11
風坂
0
売れない作家の元に「戸陰」と名乗る男が現れ、以前作家の書いた「小指が重くて」というファンタジー要素の強い戦争小説を加筆し「小指が燃える」と改題して書いてほしいと頼みに来る。爆心地に住みながら戦争を知らぬが故か「戦争による死は美しく、神の恩寵」と考えていた作家は、その依頼を受けた日から見知らぬ南の国の残兵と意識を交互させるように「死の臭い」を嗅ぐ事となる。空腹から若い女性を蒸し焼きにして食べる仲間、手りゅう弾で自害し飛び散った仲間。自らも生きた子ネズミを噛みしめた幸福を感じる事となる。恨むのは神か人間か。2017/10/11




