内容説明
あの凄惨でどこか晴れやかな忿怒の老人は死んだ父親なのか、私なのか、それとも幻の息子なのか。鋭い感性と濃密な文体で、現代の狂気と正気、夢と現実の狭間に踏み入る長編小説。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
利一
2
若き日にも、老いた今にも、死はあらゆる事から顔を覗かせていた。まさに、「生きながらに死んでいる」実感を滲ませている小説群。2013/09/19
takao
1
ふむ2024/10/10
キウ
1
読んでいると、誰の話なのか、錯綜する。「私」が語っているのか、「私」は作家の「私」なのか、「私」という登場人物なのか、突然現れる名字は誰なのか、語り手の知り合いなのか、そういう創作された登場人物なのか、そもそもこの語り手は何者なのか。そうやって積み上げられてゆくイメージが、現実と幻想、正気と狂気、の境界線を歪めてゆく。時間が自在に乗り越えられ、死者と生者が錯綜する。「この日警報を聞かず」では戦前の自身の空襲罹災体験を荷風の断腸亭日乗の記述と重ねる。その後書かれる傑作『野川』『白暗淵』へと繋がる序章か。2013/07/11
amanon
1
年老いた親を看取る、子供の成長、独立、結婚を見届ける、自分の老いを自覚する、あるいは病床に着く…一部は既に経験済み、一部は未経験、もしかすると死ぬまで経験しないかも知れない人生の様々な局面をある種の既視感を抱きながら読み進めていったような気がする。最早若いとは言えなくなった年令にさしかかり、この書で散りばめられた数々のエピソードは、今後ますます重みを伴うに違いない。年令を経るということはどういうことかということを考えていく上で、古井の作品群は大いなる示唆となるのではないかと改めて思い知らされた次第。2010/09/26
Bevel
1
幻を見る山登からはじまり、粘りつく情愛に留まり、そして、口に広がるしめ鯖の軟さに心を向ける。そんな古井に結局残ったのは死んでいくこと、老いていくこと、狂っていくことだったのか。確信の深い語りは、人を巻き込まずにはいない。読んでいると自分の心の抗いにはっとする。老いても止まらない筆。2010/05/07