内容説明
一年ぶりの再会も束の間、弥須子はその翌日に入院、十日後広部の目の前で息をひきとった。形見の櫛を握りしめ、恋人の亡骸と共寝して一夜を明かした彼は、深い喪失感からいつしか大学を中退して会社勤めを始めるが、年上の女柾子と出逢ってようやく生の現実感を取りもどすかに見えた……。行方の知れない現代の青春の深みから、新たな神話的ロマンの世界を開示する本格長編小説。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
gerogeC
4
常の四畳半の男女のもつれ合いに、思いもかけぬ第三者が次々と介入してくることで、どろどろした陰惨な俗世間のにおいが流れ込み、ときに虫酸さえ走りかけるミソジニックな女性観まで纏わりつく。この感覚は古井由吉の世界ではあきらかに異色だが決して筆が落ちるわけではない。軽んじて素通りするのでも、酔狂に嬉々として見物していくようでもなく、腰を据えてその穢れと正対する語りに舌を巻く思いがする。考えてみれば「穢れ」に誰よりも敏感な作家だが、この方向は新鮮、というより新奇といったほうがふさわしいか。2018/03/05
Ryu
1
初期作品は登場人物がちゃんと登場人物してるなと改めて思った。アイデンティティが融解する、苦しい、滑稽に狂奔する人たち。後期の古井の作品は、この作品が終わるところから始まる、気がする。2022/04/29
サリエリコ
1
古井由吉にとって、女とはどういうイキモノなのか。古井由吉は、一体どういう女と付き合ってきたのか。非常に気になります。ラスト10頁は圧巻。2014/06/30
シロツメクサ
1
良い本です。古事記の櫛をイザナギが燃やして黄泉の国へいく。その櫛の火です。2013/11/25
isao
0
古井さんの文章が好き。炎のよう。見た目と本質が矛盾している。静謐な雰囲気が陰湿さを漂わせるのではなく、華やかな欲情が陰湿さを誘導する。狂気は冗談に充ち、滑稽であり、騒々しさは孤独の静寂を感じさせる。いつからか、言葉の意味と、感受するものが逆さまになったように、矛盾する外見を信じている。2013/04/03