内容説明
自意識の分裂に悩み戸惑う知識人の久内と、狂気のような熱情をこめて醸造技術の発明に没頭する一途な男雁金。ふたりの対照的な成り行きに、近代の合理的な人間認識と“日本精神というもの”との相剋を見る。漱石、芥川以来の「西欧的近代と向き合う人間」というテーマを内包しつつ、“第四人称”の「私」という独自のスタイルで物語る。晩年の『旅愁』へと向う前の著者中頃の代表的長篇小説。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
うぃっくす
7
登録数少ない笑 横光利一すごく好きなんだけど人気ないのかな。淡々と誰なのかよくわからない語り手のもと語られていくスタイル。 言わなきゃいいのに頭の中に浮かんできたことをペラペラしゃべっちゃう雁金くんとまだ何が自然な行動なのかわからないのに俺の行動で俺のことを判断しないでくれと言うくらい自己の確立に苦しんでる久内くんが対照的で非常に良い。うまく感想かけなくて自分のアウトプットの下手さがもどかしいけどなんか文学読んだって感じで満足。横光利一の流れるような書き方とか上滑りしていく思考の書き方とかがすごく好き。2023/06/30
げんがっきそ
2
普通に読んで面白かったのだが、横光利一の狙いがどこにあったのかが僕には見定めがたかった。というのも彼のせいというよりは非常に仕掛けの多い小説であるからだと思う。主要な主人公の対比、私の立ち位置の異様さ、エゴの掛け合いとその意思を超えた「紋章」なる証など多用な要素が見受けられた。彼のこれまでの努力や技術の結晶を目一杯に並べた見本市のような印象だった。一読する価値は高いと思う。2021/08/01
条
1
「私」の位置が非常に変であった。雁金の発明の過程等々は解説の小島信夫が述べるように魅力的である。雁金のモデルは「長山正太郎」らしい。2011/05/31
Shue*
0
世間的には毀誉褒貶の多い一冊だが、私は好きな方に軍配。 横光が終生描きたかったテーマが、世間の目から見たときに悲劇だと呼ばれる、英雄の存在。 英雄は常に、A=Bを跨いで、A=Zを結論づける思考を持ち合わせている。 本書における雁金(名前がまた良いよな……笑)がその立ち位置で、横光作品の《狂人》の系譜に名を連ねる登場人物だけれど、彼を描くことで、その彼を排斥せずにはおれない社会の病理を、視点人物「私」から異様な速力を以って描写するあたり、横光の一番脂の乗っていた時期を髣髴とさせる。2008/11/18
ヒロ
0
専門的な発明や茶会の描写もそれぞれの人物の対比的な書き方も面白かった。解説でもあったが、「私」の位置が不思議で、筆者の技巧への挑戦が伺えた。主人公(?)の2人が上手く描かれていて、読み物としての面白さもいくらかあったように思う。2012/03/08