内容説明
子どもが生まれない、父親が家督を譲らない、正室vs.側室のバトル。とかく「家」を守り続けることは難しい。徳川治世260年、将軍家や大名家は、「御家断絶」の危機をいかに乗り越えたか? 現代人にも身につまされるエピソード満載!
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
あんこ
15
徳川家、大名家の赤ちゃんは生まれるそばから亡くなるのか?ってくらいの死亡率。10代後半でもかなり亡くなってて、この時代の母親でなくてよかった。いやそこじゃなくてw、庶民の乳幼児死亡率との差が気になる。栄養不足とかはなさそうだから、この要因は何だろう。あとがきでさらりと原因が触れられていたけど、本当なんだろうか。とにかく、あちこちの家で養子のやりとりをしてて親戚だらけだ。これが江戸時代の安定を作っていたのかも。2017/10/20
kokada_jnet
10
江戸後記の、御三家や御三卿のグタグタな養子相続の連鎖が、ようやく頭に入った。2016/07/15
六点
6
大名の廃絶は嗣子不在による断絶も大きな悩みであったが、沢山いても押込み先が見つからないということもあるわけで、何時の世も「組織の永続」は難しいということであるなあと思う。2016/03/16
ドナ
4
たくさん子供があっても夭折する人が大勢いて、実子による相続は至難の業だった。家系図がないと理解困難。養子ばかりの「家」も存在。お家存続の重要さがイマイチ伝わってこないかなぁ。2016/04/07
カツドン支持者
3
江戸時代の大名家の相続問題、とりわけ徳川将軍家や御三家などの親藩の相続の過程を解説する本。家を続けることはなぜ難しいのかについては短命の子供が多かった事に尽きる。女性の使用する白粉に鉛や水銀が含まれていて母体自体が中毒になっていたため不健康な子供が多く産まれたのだ。世子が夭折すると藩は養子縁組を行い何とか家名を残そうとする。だがこの養子縁組も家格や血の近さ等、様々な要素を考慮した複雑なものだった。この養子縁組をうまく取りまとめる能力が有能な藩主や家老に求められる第一に条件だったのだろう。2018/05/28




