内容説明
十代で捨てた家だった。姉も兄も寄りつかない家だった。老父は心臓病を患い、認知症が進む。老母は介護に疲弊していた。作家は妻とともに親を支えることになった。総合病院への入院も介護施設への入所も拒む父、世間体と因襲に縛られる母。父の死後、押し寄せた未曾有の震災。――作家は紡ぐ、ただ誠実に命の輪郭を紡ぎ出す。佐伯文学の結実を示す感動の傑作長編。毎日芸術賞受賞。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
yoshida
142
佐伯一麦さんの私小説。仙台の実家を飛び出して以来、疎遠だった両親と作者。父の認知症と心臓病が進行し介護が必要となる。仙台に再び居を構えていた作者夫婦は、再び様々な記憶が残る実家を訪れ、介護に奔走する。作者の助けがなければ老々介護になっていた現実。同じく仙台に住む姉は絶縁状態。兄は都内に勤務。そう遠くない未来に私達にも訪れる介護問題。介護される側の尊厳。介護する側の負担。そこに認知症が加わる事により負担は倍増する。実の親の為に精一杯の事はしたいが、どこまで出来るか。少子化のこの国の未来が見える作品。2016/08/25
新地学@児童書病発動中
103
500ページを超える私小説の大作。父の認知症、家族間の確執、2011年の震災といった深刻な主題が描かれている。私も母の介護しているので、父の認知症に奮闘する作者の姿は他人事とは思えなかった。自分が生まれ育った家の描写が挟み込まれており、この重たい小説に叙情的な美しさを添えている。古びて柱が軋むような家であっても、その場所は家族の思い出の詰まったかけがえのない場所なのだろう。題の「還れぬ家」には二重の悲しみがこめられている。震災で自分の故郷が変わってしまい、昔の故郷には帰れない悲しみと、(続きます)2018/08/05
hrmt
26
初、佐伯一麦。私小説。辛い記憶から生家に距離を置く主人公が父の認知症をきっかけに父母との接触が密になっていく。デイサービスに行くも、ほとんど父が自宅で介護していた認知症の母が、骨折後歩けなくなり施設入所となった経緯を持つ私もその時々の記憶がぶり返した。認知症故の猜疑心や癇癪に、怒りと同時に哀れにもなり心の平穏が遠ざかる。骨折からの退院時「家へ帰る」という母を、まるで騙すようにして施設へ送って行った時の罪悪感のような思いがまざまざと蘇った。だが同時に安堵感を感じたことも。そんな自分にまた罪悪感を感じるのだ。2016/03/22
ぱせり
18
認知症の父を支える三人のバランスはぎりぎりの綱渡りのよう。このどうしようもない、眼をそむけていたい所に「家族」というものがあるのだ、と感じる。ただ作者の真っ正直な筆による、一つの家族のありかたから、私の家族を、そして、親であり子である私自身を重ねていた。震災が思いがけない展開を強いる。生々しいと同時にどこか遠いような日々が『震災と言葉』に繋がる。 2016/02/16
ウィズ
14
親の介護問題と東北の震災がテーマの大変重い私小説です。佐伯先生の著作を読むと人がそれぞれ持つ孤独が身に詰まされます。2015/11/28