内容説明
少年時代の淡い恋が、そりの事故を機に過ぎ去り、身体障害者となったクーンは音楽を志した。魂の叫びを綴った彼の歌曲は、オペラの名歌手ムオトの眼にとまり、二人の間に不思議な友情が生れる。やがて彼らの前に出現した永遠の女性ゲルトルートをムオトに奪われるが、彼は静かに諦観する境地に達する……。精神的な世界を志向する詩人が、幸福の意義を求めて描いた孤独者の悲歌。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
aika
66
音楽家クーンの、最初から叶わないと決めていた、そして叶うはずのない運命にあった恋が、一連の叙情詩を縫い上げます。一時の戯れから足に障害を負ったクーンを、彼の内なる音楽の素晴しさに気づき、救った友人ムオト。ムオトはクーンが愛していたゲルトムートと結ばれるが、ふたりは愛ゆえに苦悩し苛み、互いに滅し合い、その様子に心を痛ませるクーン。現実世界の責苦を、美しいオペラへと昇華させるクーンと、歌に込めるムオトのやるせなさと愁いが、切なく響きます。解説の訳者とヘッセとの田舎町での出逢いも、とても素敵でした。2018/04/19
優希
62
美しくも残酷で硬質な物語がドイツらしいなと思わされます。クーンの少年時代の淡い恋が事故で失われただけでなく、身体障害者になることからして悲しい現実でした。しかし、クーンがオペラ歌手・ムウトと不思議な絆で結ばれただけでなく、永遠の女性ともいえるゲルトムートに出会えたのは音楽を愛したからかもしれません。ゲルトムートと結ばれなくても静かに様々なものを見つめる眼差しが幸福の意義を求めていると言えるでしょう。儚くて孤独の香りがしますが、春のような美しさが漂う名作ですね。2014/10/11
えりか
53
春2。繊細で美しい。春の嵐の様に心をかき乱す青春期に、足の障害や失恋を体験してもクーンが立ち直れたのは、体中に流れる音楽があったからだ。心の拠り所となるものがあれば、人は毅然と生きていける。彼と対照的に落ちてしまったムオト。利己的で他者との繋がりが見い出せず、孤独を好みながらも孤独に蝕まれていく。孤独故の葛藤が嵐に巻き込まれてしまったのだ。幸せとは情熱を捧げられるものを持ち、人のために我があるのだと感じられた時にやってくるのかもしれない。それは春の嵐のあとにやってくる暖かな日差し注ぐ穏やかな日々のように。2018/03/05
絹恵
45
たとえ身体を欠損したとしても、彼は何も失ってなどいませんでした。その残酷さも彼という人を形成する大切な一部なのだと判断出来たら、夜から朝になるように繰り返される明暗のなかで、自分で在ることが出来るのだと思います。あなたには中身が無い、空っぽだという他者の判断に痛める心があるのなら、私は私の幸福を紡ぎながら生きていきたい。2015/04/27
活字の旅遊人
42
自分に自信がもてない男の片思い。たぶん僕がヘッセを好む最大の理由は、この図式だろう。設定として足を不自由にしなくとも十分通じると思ったが、より共感はしやすいか。好きな女性を尊重しているつもりが、あまり信用できない友人に奪われてしまい、しかもそいつがDV野郎だったという現代ドラマにできそうな設定だと思った。主人公の作品がバズったあとの動きも現代日本に置き換えやすい。もしかすると『車輪の下』よりも読まれるべき作品じゃないか? あ、『知と愛』でもそう思ったんだったか。訳者が作者に会う解説は読んでいて楽しかった。2023/06/14