内容説明
江戸の荒奉公で苦労の末、好きな俳諧にうち込み、貧窮の行脚俳人として放浪した修業時代。辛酸の後に柏原に帰り、故郷の大地で独自の句境を確立した晩年。ひねくれと童心の屈折の中から生まれた、わかりやすく自由な、美しい俳句。小林一茶の人間像を、愛着をこめて描き出した傑作長編小説。田辺文学の金字塔。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
優希
96
一茶の印象が変わったような気がします。優しい眼差しで子供のような愛らしい句を読むというイメージがありましたが、実際は俳句そのものに精神を注いだ強い人だったのですね。風雅に心を向け、それを詠み込むことで生み出した句は一茶の見た風景そのものでした。俳句を織り込みながら語られているので、このような句を詠んだのかと興味は尽きません。大阪で生まれ、庶民として過ごしているおせいさんだからこそ一茶の半生を描けたのだと思います。面白かったです。2017/12/07
harass
70
藤沢周平の一茶評伝小説からこれを手に取る。初田辺。名前だけは前から知っていたが手に取るのは初めて。主人公一茶の40歳から亡くなる64歳まで。藤沢のは苦い私小説的で実に暗然と感じたのだが、こちらは悲しみもあるがとさりげない悦びに満ちていて、こうまで違うもかと何度か驚く。将来的な不安を感じつつも、彼を慕う仲間や愛好者たちとの交流と別れ、江戸などの風物や実に旨そうな料理の描写。悲しみも悦びも何もかも、生を満喫する彼らと一茶。すれっからしの自分にもこの作家の売れる理由というものがよくわかった。良書。2018/04/14
NAO
64
生涯、自分の生まれ育った故郷を心の中に大事にしまいこみ、俳句の宗匠となっても庶民の感覚を失わなかった一茶。そんな一茶を描くのに、田辺聖子は最適な作家なのではないだろうか。庶民の町大阪に生まれ庶民であり続けている田辺聖子は、俗をこよなく愛しながら、風雅なことにも目を向け、心を配っている。庶民的な心を持ったまま風雅を愛する一茶と田辺聖子は、たくさんの共通点を持っているのだと思う。だからこそ、田辺聖子が描く気取りのない一茶は、でんとそこにあり、読む者の心を引きつけてやまない。2017/06/24
ミエル
26
初読は20歳の頃、当時、大阪言葉が出てこない田辺作品が珍しく手に取った作品。20年たった今は一茶と年齢も近いためよりグッとくる。地方出身都会で働く現代人が抱えている実家との確執、仕事に手応えは感じていても、さらなる成功はまだまだ…な不器用なアラフォーがじたばたする様子は身につまされる人が多いのでは? 植物や動物、万物に対する優しい目線を見るとこちらも嬉しくなる。作中、たくさんの俳諧がはさまり、速読できない作りなので、いつもよりもより丁寧に読んだ気がする。並行して読んでいたスロー・リーディングが生かされた。2018/08/31
鮎
25
子どもや小鳥や虫。小さきものたちへ向けられた一茶の眼差しはあたたかく、尽きせぬ興味と愛着を感じる。亡父の遺産をめぐる継母や弟との確執は、好々爺然とした句の印象を裏切るように思っていたけれど、それは少し違うのかもしれない。自身の寂しい子ども時代も、一茶にとっては愛すべき小さきものだったのかもしれない。禍福が唸りをあげる晩婚の頃までは、そんなことを考えながら楽しく読んだ。けれども、「露の世は露の世ながらさりながら」。後半は隣で眠る幼い息子の体温にすがりながら、耐えるように読み進めた。2018/10/03