内容説明
冬の夜、結核療養所で聞こえた奇妙な泣き声。日中衰弱しきって運び込まれた母娘は、朝を待たずに逝った。それを知った著者は、娘の体をさする瀕死の母親のやせた腕を幻視する──「小さきものの実存と歴史のあいだに開いた深淵」、それは著者の原点にして終生のテーマとなった。近代市民社会と前近代が最深部で激突した水俣病闘争と患者を描く「現実と幻のはざま」、石牟礼道子を日本文学に初めて現れた性質の作家と位置付けた三つの論考、大連体験・結核体験に触れた自伝的文章など39編からは、歴史に埋もれた理不尽な死をめぐる著者の道程が一望できる。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
勝浩1958
7
『小さきものの死』の編における「願わくは、われわれがいかなる理不尽な抹殺の運命に襲われても、それの徹底的な否認、それとの休みのない戦いによってその理不尽さを超えたいものだ。」という決意や『現実と幻のはざまで』『石牟礼道子の世界』『石牟礼道子の時空』『石牟礼道子の自己形成』の編で示された氏の女史への想い、また『「サンクチュアリ」の構造』での解説にわたしは完全に魅了されてしまった。渡辺氏が強く薦める、石牟礼女史の『苦海浄土』はぜひ読んでみようと思う。2014/05/21
HANA
6
テーマが絞られていた一巻とは違い、幅広い分野の文章が収録されている。巻頭に納められた「小さきものの死」、僅か4頁の小品であるが近代や思想が何を切り捨ててきたかが一晩の体験を通じて語られる傑作。ただ本巻全体としては『苦海浄土』も三部で語られる本も未読、水俣病についても社会の教科書に記された以上のことを知らない身としてはわからない部分が多々ある。こっちの不勉強が悪いんですけど。2011/08/17
氷柱
4
1143作目。3月24日から。随筆のような一作。民衆とは何かということが間接的に描かれる。そういったものを集めた結果、民衆という像に行き着くのかもしれないが、結局そこには人々の暮らしや思想があるだけで具体的な何かが横たわっているということではない。つまみぐいするのにちょうど良い作品であった。2025/03/31
マウンテンゴリラ
3
歴史にならない歴史、小さきものの死や、死民としての水俣病患者を通して、近代化に伴って日本人が失ってしまったものに焦点をあて、その根底にある民衆共同体の倫理、歴史を浮かび上がらせようとする著者の取組に、虚しさや挫折感を感じつつも、限りない共感を覚えた。細部、特に文学評論的な部分については、私自身の教養不足のため消化できない部分が多かったが、歴史というものが客観的な事実の積み重ねとすれば、個人的にすべてを語り尽くことは不可能であり、所詮、認識の範囲で描かれる物語にすぎないということを踏まえれば、→(2)2015/07/27
chanvesa
3
石牟礼道子さんについて宮沢賢治に近いということはなるほどと思えた。この議論と巻頭の「小さきものの死」はつながっていくような気がする。また渡辺京二さんがなぜ、コミュニティを背景とした革命を目指した西郷や北一輝を取り上げたかもわかるような気がするし、『逝きし世の面影』を書いたのかも納得できる。ただし、大衆論については後半の「大衆の起源」が面白い(初期の大衆論は上から目線的だ)。フォークナー論は怖くて読めない『サンクチュアリ』ではなく『八月の光』で書いていただきたかった。2013/05/28