内容説明
3年間、なにもしないで時代劇ばかりみていた。テレビの中では毎日のように悪人が誅せられ、善人が希望に満ちて旅立っていく。進展しないのわたしだけ。ただただ、朝が来て昼が来て夜が来て、喰らい酔って眠りこけていたのである――。町田康にかかれば、日本語はこんなにおもしろい。瞠目のエッセイ集。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
青乃108号
144
珍しく2連休が取れたんで「厭魅の如き憑くもの」をひいひい言いながら読んで、そんで疲れたらちょっと町田でへらへら笑うて、そんでまた「厭魅の」読んで、また町田読んで、てしてたの。やっぱ、町田、おもろ。ええなあ。俺も、こんなおもろいもん書きたいなあ。けど俺、酒は呑まんし時代劇は見んし、楽器は弾けんし、唄はまあうたえん事はないけど唄で金、もろたことないし。後半、急にちょっと真面目に映画とか音楽とか論じだした思たら、出典が映画のパンフレットだったりCDのライナーノーツだったり、ええなあ、愉しいだろうなあ。おもろ。2024/03/19
ペグ
73
このぼっちゃんは、そんじょそこいらのぼっちゃんとは訳が違い、その硬派っぷりは並ではなく、髪の毛とんがらせ目をとんがらせ口を突き出し世の中を睥睨するも、空腹には耐えられず力も出ない。あぁ情けない〜挙句の果てにへらへらする、へらへらに見える。つい踊ってみたり。この書名は自虐の極致かと感心。2018/09/19
HANA
65
町田康が町田町蔵時代に書いた文章を収録。著者読みだしたの近年な上ロックには暗いので、その時代はよく知らんのだけれども。あの独特の酩酊感を伴うような文体は初期から完成されたものであったのだなあ。時代劇や落語の善人悪人、書評になっている様でなっていない様でなっている様な本の内容にほぼ触れられない書評等でゲラゲラ笑いながら読んでたのだが、それでもたまに顔を覗かせる語り物というかそれに代表される民衆の情念にどきっとさせられる。これが『告白』で集大成されるのか。とあれ流れるような文章に身を任せられる一冊でした。2024/07/27
さっとる◎
46
「へらへらぼっちゃん」であるところを「へらへらのぼっちゃん」って間違って口にして、うわ~「つるつるの壺」混ざっちゃったよ~笑うって、そんなんはどうでもよろしい。肝心なのはどうでもいいをどうでもよくないに変える魔法。いや、魔法なんてないから、手腕?遊びの本質は恐らく履き違えていたほうが幸せの影には到達しやすいのだ。履き違えずに真剣に求めてしまったらそこに待っているのは地獄に近い何か。難儀なことだね、色々考えているのに役に立つことは1個もない。金にならんことしか考えられないのに、どうやってご飯食べたらいいの。2018/12/28
ころこ
43
一応、エッセイ集のようなのだ。小説家のエッセイ集を読む意図は大体明白だ。小説とは異なるナラティヴで普段書かれている小説のプロトコルをエッセイに発見し、次作から密輸入しようとする読者の不純な動機で読まれている。まず、小説とナラティヴが変わらない、ということに本書の特徴はある。内容が皆無ということも特徴のひとつだ。中島らもには飲酒という原罪のような錘が浮力との調整をとっていたが、著者にはそれも無い。しかしそれだからこそ、読むという身体的行為が先行し、心に残らないことが意図せず自己治療になっているのではないか。2024/12/07




