内容説明
ある女医の澄明な物語
還暦を迎えた女医・陽子のもとに届いた元同僚・黒田の「病歴要約」。ある春の一日に起きた出来事に人生の機微が滲む傑作小説。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
128
著者自身の医師生活をモデルとした作品が多い南木桂士だが、本書は珍しく還暦を迎えたシングルマザーの女性医師の陽子を主人公とした物語。「文庫版あとがき」によれば、南木の処女作(本人の表現)「破水」の主人公のその後を書いたもののようである。基本的には彼女の一日を描いているのであるが、そこに村で医院を開設し、30年間を地域の医療に捧げてきた医師、黒田の病歴と来歴、さらには研修医の桑原等を配することで、小説世界の重層性を確保している。このあたりは、おそらくは処女作の持っていた勢いを失った代わりに得た、いわば⇒2017/09/09
はつばあば
68
還暦を過ぎた女医の一日と云うことだが、初っ端から同調している私がいた。勿論、陽子さんの方がうんと若いのだけど、トイレ事情は同じだし、体の動きも日に日に緩慢に。還暦と同時にマイペースを勝ち取りはしたが、陽子と同じように重い母を抱えている、それだけでも相憐れむ。老後の独り暮らしを憂いながら、黒田のような「人の死を黙って見守ってくれる」医者を探しているのだが、うちの家庭医は自宅と医院を別にされているから役にたたない。と、云うことでこの本は若い方にお勧めしても理解しにくいでしょうが・・良い本でした。2016/05/15
翔亀
52
誠実な作家だと思う。自らの経験にしっかり根差している。自らの範囲を超えないという意味では堅実であり愚鈍とさえ思える。しかしその自らの経験といい範囲といい、そう簡単な生き方ではない。真摯な医者といい山に親しむ信州の暮らしといい持続する意思は大したものだ。そんな南木さんの近著は、語り手の還暦を迎えた女医の一日に、著者の分身と思える内科医の一生を重ね、ますます南木さんらしさが輝いている。医師として、ますます医学的解説が顕著になり、老いへの対処も具体的だ。寡作な作家だが書き続けてほしい。2016/09/02
piro
38
還暦を迎えた女医・陽子。彼女の日常の一日を通じて、陽子とかつての同僚・黒田の人生が語られる作品です。研修医から送られてきた黒田の病状を記した病歴要約。そこから浮かび上がる彼の人生、そして交互に語られる陽子自身の人生。どちらも決して輝かしいものでは無いながら、日陰の道をしっかりと自分の脚で歩んできた様に感じます。そして病歴やそこに付された考察は、医師がどの様に患者の容体を見て判断・対処するのかという事が垣間見られて興味深い。これまでに読んだ南木さんの作品とちょっと違ったテイストで心に残りました。2023/05/27
うさ丸
20
☆☆☆初読み南木佳士。 主人公陽子は還暦を迎えた医師。 ストーリーは陽子のもとに研修医を介して奇妙な「病歴要約」が送られてくる。 そこには過疎の村で終末期医療に奔走してきた元同僚、黒田の半生が記されていた。 作者が現役の医師なだけに医学用語が頻繁に登場しますが、分かりやすく丁寧に書かれた文章なので読みやすい。 陽子の半生、そして元同僚黒田の半生。 昔、10代の頃、生きていくことに対する漠然たる不安や恐れがあり出口の見えないトンネルに迷い込んでいたことを思い出した。 還暦を迎えた時、再読したい作品です。 2017/12/03