内容説明
女流画家を通じ、“魂の内奥”の旅を描く。
異例の才能を持ちながら埋もれていった亡命ロシア人女流作家マリア・ヴァシレウスカヤ(マーシャ)の内的彷徨を描く辻邦生の処女長編作。
少女期に出会った魅惑的な少女アンドレとの痛みを伴った甘美な愛を失い、結婚に破れ、つねに芸術の空しさを苦汁のようになめながら、生の意味、芸術の意味を模索し続けた、寡作の画家マーシャの短い生涯を、彼女が遺した日記や手紙から辿る伝記風スタイルを用い、清冽な筆致で描いた作品
敬虔で慎み深く、絵の才能を持て余すマーシャと、身体が弱いために生に焦がれる無鉄砲なお嬢さまアンドレ、孤独を抱えるふたりの交流がとても丁寧に描写されている。第4回近代文学賞受賞作。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
キムチ
60
とある作品で激讃されていた事で選書。個人的に筆者作品、数冊読了と言えども不協和の記憶。薄いながらも片仮名の日記文が読み辛く消化不良・・更に延々と百合的描写・・げんなり。作品自体はロシア人亡命画家マーシャの生涯:彼女の日記と登場する数人の仲間を通し日本人画学生が語る形。20C前半?特有の社会の昏さ、貧しさが底流に。ギリシャ人パパクリサントスとの場面は活き活きとしているが、アンドレとのそれは精神的な痛みが感じられ、その後のマーシャの結婚生活の痛みに繋がる感あり。マーシャ自体が懸命に生きた「華やかな巴里社会」2025/07/30
あきあかね
28
蝉時雨に優しく包まれた趣のある建物。先週、著者の没後20年を記念して学習院大学で開かれた『廻廊にて』の朗読会に参加した。若い世代の人達の澄んだ声を聴いていると、辻邦生の思いが受け継がれていく気がした。 遺された手記から主人公の精神の遍歴をたどっていく手法は、後の『夏の砦』等を髣髴とさせる。 幼い頃ロシアから亡命したマーシャが修道院で奔放さと危うさを持つアンドレと出会い、恋と言える感情を抱いていく様子は清冽な瑞々しさに溢れている。 他方で、単に生きること、生を肯定·賛美するのではなく、飢えや寒さ、⇒2019/08/04
松本直哉
24
掛金がはずれて落ちてきた宗教画の、額縁が外れて露わになった、不揃いな塗り残しを含む余白に、完成された芸術品となる前の芸術家の努力と苦悶と喜びを初めて感じ取る場面。切り揃えられて整えられた芸術品を傍観者として消費するのではなく、危険を恐れずにその只中に飛び込んで命を燃やすこと、その時初めて人は、夜を信じ歌を信じ大地とつながっていた、もはやもどることのできないあの永遠の故郷とふたたび和解できるのかもしれない。故郷からも血縁からも根こそぎにされた画家は、ただ芸術によってのみ人生を照らし意味あるものにしようとする2019/11/09
kero385
23
辻邦生「回廊にて」を45年ぶりに再読した。高校時代は同時期に読んだ福永武彦「草の花」の印象が強く、本作は薄れていた。今回改めて読み、この作品がリルケ「マルテの手記」と密接につながることを発見した。影響というより、リルケが探り当てた設問への回答が描かれているのではないか。 エピグラフに「ヨブ記」が置かれるように、亡命ロシア人女性マーシャは試練に満ちた生涯を送る。彼女の死後、パリで共に絵画を学んだ日本人「私」が、日記、手紙、証言からマーシャの精神の軌跡を追う形式の小説だ。2025/10/27
kthyk
19
冷徹な寂寥感に染まった「黄色い雨」はむかし詠んだ「廻廊にて」を思い出させてくれた。それはスペイン、フランス、ドイツ、ロシアへと引き継がれていく近代の「人間の空間」の崩壊を描く詩であり、日記であり、語りと言えるようだ。「廻廊にて」は中世のタペストリーと黒にオブセッションする3人の女性の廻廊、城館、海がテーマ。1910年代のロシア革命にはじまり戦後世界に引き継がれる物語はリャマーサレスそして辻邦生、共に時代の狭間を描いた最初の作品といえるようだ。そこには絵画そして文学という言葉の世界の再生が目論まれている。2021/01/30
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