内容説明
離婚して1年、夫と暮らしていたマンションから引っ越した36歳の砂羽。昼は契約社員として働く砂羽は、夜毎、戦争や紛争のドキュメンタリーを見続ける。凄惨な映像の中で、怯え、逃げ惑う人々。何故そこにいるのが、わたしではなくて彼らなのか。サラエヴォで、大阪、広島、東京で、わたしは誰かが生きた場所を生きている――。生の確かさと不可思議さを描き、世界の希望に到達する傑作。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
ykmmr (^_^)
136
人との『出会い』や『付き合い方』は、千差万別で、一生のうちでかなりの人と出会うも、付き合う人は皆、一握り。自分は1人しかいないし、時間も限られている訳で。そんな当たり前の『人間関係』を主人公の祖父の戦争体験、更に住まいが『ヒロシマ』であったが故にプラスされる『被爆』体験にて綴られ、主人公の世界観や精神維持に、多大な影響を与える。自分の『人生』に諦めなどまで持っていた主人公は、『平凡』や『普通』という言葉の有り難みを意識し始め、ありのままの自分を受け入れて行く。人の『繋がり』や「時間の刻み方」2022/11/02
しいたけ
113
離婚の痛みを戦争や紛争の映像を観ることでやり過ごしている女性の物語なのかと、読み始めは誤解していた。幸運を自分の努力の結果だと信じ込める人には辿り着けない思考の本。水面の下からそっと世界を見上げているような世界観。いま生きているこの世界が実は虚像なのではないかとの感覚は、私も子どもの頃から親しんできた。自分の立ち位置や人との距離感、自分に欠けているものの正体。歳を重ねても変わらず、思いはその周りをぐるぐる回る。住処が変わっても人との別れがあっても、変わらず自分を守ってくれる言葉の数々とこの本で出会えた。2020/03/03
かみぶくろ
66
ありそうでなさそうな得難い作品だと思う。何も起こらない毎日をこの密度で描き出せることが感性の鋭さの証。筆者がふだん思考し感じ取っている事柄を登場人物に仮託し、澄んだ文体でとりとめなく並べていく。個人的に好きな文章。とくに各パラグラフの最後の一文の締め方が好き。ラスト近くの夕陽もそうだけど、ときおり死ぬほど美しい世界が何かの隙間から顔を見せる。「いまここ」、盛んに語られるけど実感とは程遠く腑に落ちづらいこのワードと、愚直に向き合うことができる小説である。2014/12/11
ito
57
自分が「なぜ、今ここにいるのか」という事実をつきつめて考えると、このような感じの小説になるのかと思った。「わたし」がここに存在するためにはいくつもの偶然(結果)が重なっている。それらを描き切るのは本当に難しいのだが、著者は丁寧に描写しており好感がもてる。サラエヴォ、広島、大阪、東京と場所を変え、さらにビデオや日記を参照しながら時間をも感じ取ろうとする。「わたし」はそうした作業を日常的に繰り返している。そこでは「わたし」の生き方が問われているのではなく、生きている証が必要な人もいる、と感じた。2014/12/20
エドワード
55
砂羽は世田谷区若林に住んでいる。彼女は太平洋戦争末期、三軒茶屋に空襲があったことを知る。砂羽の祖父は、一九四五年六月まで広島市中心部のホテルで働いていた。もしあと二ケ月勤務していたら?砂羽は行方不明だった友人に会いに浜松町へ向かうが、隣人の猫騒動のために田園都市線の不通に遭遇する。もし猫騒動がなかったら?東京と大阪で繰り返される諸々の偶然、天文学的な確率。私はかつて誰かが生きていた空間に生きている。今現在戦争が起きている国の映像。契約社員の日常に訪れる、人の生も死も出会いも別れも一期一会の物語。2014/12/10
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