内容説明
誰にも生まれてきた意味がある。 どら焼き店の軒先から始まる、限りなく優しい魂の物語 線路沿いから一本路地を抜けたところにある小さなどら焼き店。 千太郎が日がな一日鉄板に向かう店先に、バイトの求人をみてやってきたのは70歳を過ぎた手の不自由な女性・吉井徳江だった。 徳江のつくる「あん」の旨さに舌をまく千太郎は、彼女を雇い、店は繁盛しはじめるのだが……。 偏見のなかに人生を閉じ込められた徳江、生きる気力を失いかけていた千太郎、ふたりはそれぞれに新しい人生に向かって歩き始める――。 生命の不思議な美しさに息をのむラストシーン、いつまでも胸を去らない魂の物語。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ミカママ
548
珍しく樹木希林さん主演の映像から先に入った作品。もちろんキャスティングは樹木さんで。徳江さんの辿った人生がまったくのフィクションであったらどんなによかったか、という思いで読み終えた。そしてひたすら甘いものが食べたくなる。小豆はあるから煮てみようかな。わたしのはもっぱら炊飯器や圧力鍋だけれど。2023/03/08
あすなろ
316
塩味どら焼き、食べたいです。その塩味は、少し人生の悲哀が食べ手に薫る程度が良いーそんな感想を持った。人生、こちら側には非がないつもりで生きていても、世間の無理解に押し潰されてしまうことある。何故、50年も餡を炊き続けてきたのか?そんな謎解きを秘めながら読み進めていくと、ほんの少し前までの壮絶な隔離という壁が見えてくる。ハンセン病即ち癩病である。20年程前にその法がなくなった今、本作のような良い意味でどら焼きの餡のような甘味を以って描かれることが非常に意味あることだと思う。千太郎さん。どら焼き、また焼こうね2015/07/20
ハイランド
252
私事になります。生まれ育った家は、療養所から5キロほど離れた処にあり、母がそこに勤めていたこともあり、子供の頃はよく遊びに行ったり、収容されていた患者の方が庭の手入れに自宅に来たりと、鼻が崩れていたり指が変形したりしていましたが、身近な存在でした。しかしいかんせん子供のこと、その哀しみまで感じることは出来ませんでした。ある日宣告されたが最後、家族からも離れ、外界からも切り離され、職業の自由や住居選択の自由も全て奪われ、一生を園の中で生活することを強いられた人達がいることを想像してください。50年も前の事。2016/05/14
めろんラブ
252
以前、雑踏の中でその病だったであろう男性とすれ違ったことがある。その人の顔を見た瞬間、おそらく私はとても分かりやすい「The驚きの表情」をしたはずだ。その直後、こともあろうに、”取り繕うことができなかったこと”を私は恥じたのである。そんな下衆人間が、本書について軽々に語ることは許されないだろう。ひとつだけ言わせてもらえるなら、無知による恐怖が、いとも容易く負の歴史を作り出すこと、ここでは人としての尊厳を奪うことを、常に心に留め置きたい。河瀬直美監督+樹木希林+永瀬正敏で映画化とのこと。超名作の予感。2015/02/25
いつでも母さん
232
数年前に『ハンセン病』の事をTVで観たので多少、知ってはいた。名前も変えられるのと、亡くなっても親族から拒否される事を強烈に記憶していた。『偏見』と云う名のいじめが存在する『社会』。子どもの『いじめ』が無くなるはずもない・・物語は静かに静かに進む。その根っ子には不条理や怒り、哀しみ、愛、その他諸々の受け入れざるを得ない『現実』ドリアン助川氏、渾身の作ではなかろうか?不覚にも何度も涙が・・徳江のあんで千太郎の作るどら焼きが食べたい。美味しいか?!試されるな・・読後『あなたは顔で差別しますか』を思い出した。2015/06/26