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内容説明
固定化された自己を手放すとき私は悟り、世界が目覚める。それが生きてある時の経験である──。道元の文章に即し全八七巻の核心を存在・認識・言語という哲学的視点から鮮やかに読み解く。『道元』を改題。
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感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
esop
64
みづからをしらんことをもとむるは、いけるもののさだまれる心なり/大乗仏教の根本動機とは、「無知の克服による自己と他者もの救い」/坐禅とは何もしなことであると言ってもよい。俗世の日常の行為はすべて目的ー手段関係に搦め捕られている/認識の相対化/苦を生み出す個我への執着が消える時とはまさに「さとり」の瞬間である/現成公案ー修行の成就であり、修行とは「さとり」と一体のものであるから、それは「さとり」の成就でもある/だからこそ真理を指示する一つの言語表現はつねに相対化され固定化が打破されなければならない2024/09/17
kayak-gohan
16
実在と観念についての記述が多く、宗教書というより哲学書のように思える。例えば道元は「迷悟一如」であると言い、迷いの世界と真理(=悟り)の世界は別々にあるのではなく、迷いを脱して悟りの世界に到達するのが修行ではないと説く。自分は本来真理(=悟り)の世界にいるのであり、今、ここに徹して「迷を大悟する」すなわち真理に気づき、迷いを自覚することが修行であるとする。そしてそれが実現できた修行者を「仏」と呼ぶ。2026/05/19
YO)))
13
入門書を越えて道元の根本思想がシャープに語られているありがたい本。絶対無分節である場=力としての「縁起-無自性-空」=「仏性」を基盤として、観念のスタティックな固定化を徹底的に排しつつ、修行と悟りを一体(修証一等)としながら時間や意味を「現成」させ続ける。 厳しくも豊穣な思想世界。 とりわけウィトゲンシュタインの言語ゲームを思わせる言語の意味自体の解体・ズラしについての言及や、仏性の有無という問題を超脱して「悉有すなわち仏性」であるとする論理を辿った『補論 道元の「仏性」思想』に感銘を受けた。2025/06/22
ゆう
11
自分が『正法眼蔵』に初めて触れたのは、NHKの『100分de名著』シリーズだった。本書は2冊目の入門書。「100分」の方は視覚的な表現が多く、イメージでなんとなく理解した気になれる部分が多かったが、こちらは字義を丁寧に追っていく専門的なタイプ。二度読んでもなお難しいが、これまでにいくつかの宗教入門書を読んだ後だったため、ある程度は消化できたように思う。この順番で出会えて本当に良かった。2026/05/16
カツ
10
前から気になっていた「正法眼蔵」。本編を読むのは無理だろうから入門書を読んでみたが、やはり難しい。言葉で伝えられないものを言葉で伝えようとしているのだから、そりゃそうだ。分からないなりにも道元の思想に少し触れられただけでも満足。2023/06/05




