内容説明
新聞配達の早朝の町で、暗天に閉ざされた北欧の地で、染織家の妻と新たな暮らしを始めた仙台の高台の家で、そして、津波に耐えて残った小高い山の上で――「私」の実感をないがしろにしない作家のまなざしは常に、「人間が生きて行くこと」を見つめ続けた。高校時代の実質的な処女作から、東日本大震災後に書き下ろされた短篇まで、著者自ら選んだ9篇を収録。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
松島
18
佐伯一麦さんの見た景色を同じ仙台市で働く僕には手に取るように文章から情景が浮かんでくる。きっとゼライス工場のにおい、刑務所の壁、JRの高架下随分とどれも日常の一部がリンクする『朝の一日』『日和山』震災による暗く深い絶望感。真っ暗闇の世界に広がる満天の星空。僕も一生涯忘れられない夜空をこの作品を読む度に思い出させてくれるだろう。2020/06/11
ステビア
13
静かな作品集。巧みな作家であることを再確認。同じネタの使い回しもすごいよね(笑)2014/07/27
マカロニ マカロン
6
個人の感想です:B+。佐伯一麦さんの自選短編集。高校時代に書かれた処女作、朝の新聞配達少年の気遣いが細かく描写された『朝の一日』、再婚の奥様と1年滞在したフィンランドでの生活を描いた『凍土』、再婚後の穏やかな生活を書いた『なめし』などどれも味わい深い短篇だ。表題作の『日和山』は仙台在住の作者が大震災翌年の2012年に書かれている。昭和8年3月にも大地震があり、津波が発生している、町から近い小山の日和山に「幸人畜ニハ死傷ナカリキ」だが、「地震があったら津浪の用心」と先人たちが警告した戒石があった。2018/02/11
geromichi
5
語り手(作者)が故郷宮城に戻った後を描いた作品たちの中から、作家が収録作を自選した短編集です。初期の作品に比べて、穏やかで落ち着いた筆致になってきた印象を受ける。作家の年譜だけでも価値があるなあと思っていたけど、同じ講談社文芸文庫の「ノルゲ」も既に持っていた。2020/03/16
遠い日
5
80年代から東日本大震災後の作品まで、自選集として収録。こうして読んでみると、不変と変化をふたつながら感じざるを得ない。事実あったことしか書かない佐伯さんらしいこだわりは、いつでも変わらない。仕事、家庭、メンタルを含めての健康に佐伯さんはいつも問題を抱え、苦しみ、ひとつひとつ粘り強く向き合ってきた。それをずっと作品世界に描いてきた。解決しない問題も抱えたまま、今も胸に灯を灯して。震災後の心情の変化は、本当に甚大なものがある。東北生まれの作家としての覚悟が覗くのである。2014/09/10