内容説明
江戸時代のキリスト教は禁教とされ、信者たちは信仰を隠して守っていたが、明治に入っても神道以外の宗教は排斥され、キリスト教への排撃は徹底されていた。そんな中、信仰を捨てなかった出津の人々は、明治12年(1879年)早春、フランス人の宣教師を迎えた。ド・ロ神父がその村で最初に目にしたものは、あまりにも貧しい人々の暮らしだった。「なんとかしなくては……。そうだ、村人が仕事をもって自立すること!」農業、医療、教育、井戸掘り、そうめん作り、さまざまな福祉活動に神父は献身した。彼の周囲には、出津の娘たちが集まってきた。「ド・ロさまそうめん」、「ド・ロ壁」で知られる、宣教師ド・ロ神父と出津の娘たちの体験記。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
かおりんご
31
児童書。この夏に外海に行くまで、申し訳ないのですがド・ロ神父のことを存じ上げませんでした。外海では、ド・ロ神父のことをとても詳しく教えていただき、なんて素晴らしい人なんだろうと感激しました。その感動をこの本でも味わえます。児童書になっていたのも驚きでしたが。外海に行くと、ド・ロ様ソーメンや、井戸、救助院のことも分かるので是非是非これを読んでから行かれることをお勧めします。現地でも、シスターや現地の方に色々と詳しく教えてもらえますよ。2016/10/25
Reriri0n
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ふむ2016/03/20
卍ザワ
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出津救助院の娘たちの活躍を中心に、ド・ロ神父の姿をユーモラスに描く、児童文学。貧しいとはいえ、うら若い乙女たちが、独身を貫き、日々の食事は乏しく、ほぼ無給で、畑仕事、裁縫、医療活動に励む。その利益は、食費や維持費等の必要経費をのぞき、全てを地域社会や福祉に捧げられた。現代日本では考えられない価値観で、今、同じことをやるなら、強制労働施設が必要になるだろう。明治時代の日本が全体的に貧しかったとはいえ、ただの苦行でしかない労役が、喜びを伴う善行に変化してしまうのは、やはり、ド・ロ神父の存在が大きい。2025/09/06
セルジオ肥前
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長崎生まれなので子供の時からドロ神父の事は知っていたが知識があやふやだったので読んでみた。フィクションも混ざっているようだが神父の人柄や地域住民との関係性が良く分かった。2018/10/12




