内容説明
限りなく尊くまた懐かしく面白い万葉の歌。 詩歌の実作者が書いた『万葉集』の鑑賞。 8世紀後半に成立した『万葉集』は、きわめて難解である一方、我々の心に残る多くの親しまれた歌がある。 その膨大な数の歌を、巻一から巻二十まで通読した大岡信の鑑賞に、日本の美学の起源をみる。 『万葉集』を、現代人が味わい楽しむ「生きた」歌集にするために、現代詩人が挑む。
目次
はしがき
万葉集 巻一
万葉集 巻二
万葉集 巻三
万葉集 巻四
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ドワンゴの提供する「読書メーター」によるものです。
しゅてふぁん
52
再読。大津皇子や大海人皇子等の初期万葉の部分だけ読もうと思っていたのに、あれよあれよと最終頁に辿り着く。この一巻は、まるで歴史書のような巻一から巻二、大岡さんが言うところの‘大伴家文学圏’が徐々に顔を出し始める巻三、相聞歌のみを収めた巻四までが解説されている。和歌伝統の出発点を考える上で外せない大伴一族、特に旅人、郎女、家持、池主あたりの歌が大好き。その中でも中心にいたのは大伴坂上郎女なんだろう。美しくてモテモテだった郎女、実際はどんな人だったのかな。2021/01/09
しゅてふぁん
48
‘大伴家文学圏’の偉大さをしみじみと実感。旅人の歌が良かったのはもちろん、その息子家持にも興味が出て来た。歌人としてではなく、恋多き‘ますらを’として(笑)自身あての、笠郎女をはじめとする多くの女性たちからの恋歌を惜しげもなく(もちろん無断で)万葉集に収めてしまうなんて…大岡氏も‘まことにけしからん人です。(P192)’と言っている!そんな家持のおかげで‘人の苦悩を見て美的な感動を得るという、文学愛好家の悪徳を存分に味わいながら(P193)’万葉歌を楽しんでいる後世の人たちも非常に‘けしからん人’だよね。2018/11/17
かふ
27
『折々のうた』など、数々の詩をわかりやすく読み解いてくれる詩(うた)読(よみ)師、大岡信の『万葉集』読解。大津皇子の処刑の大来皇女の挽歌は、弟の死に伊勢神社の巫女を擲って京に上ったのは、神職よりも個人の感情が優先したのだと思ったが巫女を解職されたのだった。謀反を起こした弟の姉ならば当然な話なんだが、そういう解説がないと勝手に物語をふくらませてしまう。面白いと思ったのは、酒を讃(ほ)むるの歌の大伴旅人は左遷され妻は逝ってしまい息子は不良(女遊びに現を抜かす)のやけ酒だったのか。と同情したくなる歌だった。2021/01/24
わたなべよしお
12
やはり、大岡信さんはいいね。何を読んでもいい。 さて「あかねさす紫野行き」の額田王と大海人皇子の和歌応答は、なるほどねー。同じ額田王の「熟田津に」の歌は何が良いのか昔から、私にはわからない。この点は、読後も分からない。富士山の歌は、確かに山部赤人よりも読み人知らずの方が良いかも。あとは、柿本人麻呂だよなぁ。誰かに成り代わって読む歌はともかく、自分妻を歌ったのは素晴らしいなぁ。2026/07/12
はちめ
6
三読。万葉集は解説本で読んだほうが楽しい。本巻で気になったのは「家もあらなくに」の解釈はこの本が書かれた頃には、渡し場に民家がないという意味ではなく、旅の空なので自宅も家人もいないという解釈が主流になっていたと思うのだが、大野氏は取り入れていない。 また、笠女郎の24連作恋歌について、大野氏は高い評価を与えているが、よく言えば熱情的だが、悪く言えばストーカー的な偏執性を感じる。このような作品が次々と贈られてきたらちょっと怖い。まあ、最後は諦めて実家?に帰ったみたいなので家持はホッとしただろう。☆☆☆☆☆2022/08/13
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