内容説明
わずか30歳にして夭折した詩人・中原中也。その遺された詩の一篇一篇から喚起された世界を、“現代最強のパンク詩人”である町田康が自らの言葉で紡いでいく。「ダダの中也」と「パンクの町田」の時空を超えた饗宴!
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
新地学@児童書病発動中
102
中原中也の詩に町田康が言葉をつけたもの。町田氏の言葉は普通の文章ではなく、詩のような歌詞のようなユニークなもので、乾いたユーモアや狂気を感じた。中也の詩に微妙に寄り添っているものが多い。私の好きなヒップホップを連想した。元ネタの曲に自分のリリック(歌詞)を載せていくヒップホップの方法論とよく似ている。ヒップホップと同様に異質なものがぶつかり合って、新しい世界ができている。評価の定まっている大詩人に正面からぶつかって、自分の言葉を崩さない姿勢は見事だと思った。2015/02/13
ペグ
69
(言葉を愉しむということ)(物語に浸るということ)(実際には聴こえない音をたしかに感じること)(行ったことのないところに想いを馳せること)〜私にとって本を読む愉しみです。そして詩は言葉の中に皮膚に滲む汗、白い息、瞬き、何かした事、何もしなかった事、ただじっと立ち尽くした事。などなどが詰まっていると。詩集は借りるのではなくて持ちたい。町田康さんは本当に本当、中也をリスペクトしていて立ち位置がぶれません。大事な1冊になりました。2018/11/08
さっとる◎
46
川床に水がなくて空っぽ。私にももう何にもない、無一物。それを嘆きもしなくて、閑かな世界。喧しい他人の話し声もテレビ音もそんなベーシックなノイズなんて気にならない。私は静寂にいる。静寂の中人間存在の軋みが大音響で反響して残響。いってしまったのは失ったのは、ゆたかな心とさまざまの夢?血を吐くような倦うさと悲しみだけがまだあって、歌なんか歌わないって言いながら生活の苦しみが、暗くて古い気体が去るようにと言葉を吐き出さずにはいられない。あれがどうなろうとそれがどうなろうとそんなことはどうでもいいのだ。ただ、ただ…2018/10/25
shio
35
中原中也の詩と、その詩に町田康がよせた言葉。詩の解説というより二人の共演・競演といった趣き。余りの格好良さに、図書館で胸撃ち抜かれました!中也の詩も町田康の言葉も全く分からないまま、言葉はそのままの形で時折突き刺さってきて、美しさと寂しさと狂気で掻き回してくる。心地良い自暴自棄に陥る。読み耽ったら、もう帰れなくなりそうなところへ、最後の四行詩「おまへはもう静かな部屋に歸るがよい」と突き放され。何度も何度も読み返したくなる中毒性。ヤバい。2023/04/07
marumo
29
詩への感受性が鈍いのがコンプレックス。こんなに早く読んじゃダメなんじゃないか、とか雑念が邪魔をして。中也と町田康。狂気によろめきそうな気配を漂わせ、ちょっと未練がましく、色男が香る二人の作家の言葉と言葉。読んでるうちにどちらも中也の詩のような気がするし、どちらも町田康の声に聴こえる。「私の上に降る雪は真綿のやうでありました」と「気圧の谷間でThe harder they come.と呟いていた。・・そこに立っているのだから、きっついよ」 いずれも切り立つ氷壁を私に思わせ、少し詩に触れた気になれたんでした。2016/11/15