内容説明
血のつながっていない、赤の他人が瓜二つ。そんなのはどこにでもよくある話だ。しかしそう口にしてみたところで、それがじっさいに血のつながりのないことを何ら保証するものでもない。――私が初めてその男と会ったとき、そんな自問自答が思い浮かんだ。それほど男は私にそっくりだった、まるで記憶の中の自分の顔を見ているかのようだった。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
袖崎いたる
11
磯崎憲一郎、おもしろい。物語の展開がおもしろいとかそういうのに限らなくて、この人の書いた文章を追跡しているときの気分がおもしろくなる、そういう小説。マジックリアリズムな気配もあるんだけど、そういうのともたぶん違っている。保坂和志と位相が近い気もする。つまり、小島信夫がこだわった小説の自由を模索する水脈にある小説、だと思う。1組の兄妹がいて、チョコの話になって、コロンブスの話になったり、フィレンツェが舞台になったりして、また兄妹に戻り、その両親、完。冒頭の語り手は不肖なのだが、問題にならない。ポストモダン。2020/05/16
Foufou
9
芥川賞受賞後第一作の長編もしくは中編。文を読点で繋げていくというその後の作品に採用される手法は鳴りをひそめるが、その萌芽は認められる。冒頭でこれは私に瓜二つの男の話であるとの断りがある。で、男の家の子どもたちの話からチョコレートの話になり、コロンブスの話からチョコレートにまつわる貴族の挿話、男の長男が父と同じチョコレート工場に勤めるようになり、長女は作家になる…と、章ごとにプロットが横滑りしていく。我々はどこへ連れて行かれるのか。そこがまずは読みの醍醐味と言えよう。他人事とは思えない作家。2025/03/09
メルコ
9
芥川賞受賞後の第一作にあたる。"チョコレート工場に勤める男は社宅で妻と兄妹の子どもがいる。やがて男の子も工場に勤務するようになるが、看護婦の女に恋をして…"高度成長期の頃の一家の話から、新大陸を発見するコロンブスがカカオを持ち帰り、ヨーロッパの宮廷で重宝される話になる。いつの間にか話が別のことになってしまい、どこへ連れていかれるかわからないおもしろさは著者の十八番。普通の小説の約束事を放り出して、楽しんでいるところがいい。2022/02/09
;
8
語りのなかに自由間接話法(と言っていいのか)的に、誰のものかもわからない発話あるいは心内語が挿入され、次々に語る対象がずれていく冒頭、そこから一気にチョコレートの歴史へ脱線し、それに連なる物語がいくつも生まれる、スピード感がありつつ、重層的でもある、という特異な小説。2017/10/03
猫のゆり
5
なんて言ったらいいのかよく分からない不思議な小説だった。兄妹とチョコレート工場に勤める父の話から、コロンブスやら社宅に住み続ける両親やら、次々に話が飛び、どこにつれていかれるのか分からない心許なさが魅力になっていて・・。数々のエピソードの中でいちばん心に残ったのは、小説家を志す妹が一人で京都の洋食屋に入り、ビーフシチューを食べるシーン。寄る辺なく孤独なのに、ふいに幸福感がこみ上げてくる・・。経験したこともないのに、その情景がくっきりと浮かんできた。2011/06/11
-
- 洋書
- Bournville