内容説明
グレーのスーツ、地味なネクタイ、きちっと刈った髪。よく独り言を呟く神経質な男。一見普通に見えるが、田中という、棒っきれのようにしか生きられないやくざ者だ。強欲な親分の下、苛立っていた。素人をいたぶり、若い衆がやるようなことをする日々。先頭に立って抗争を乗り切り、跡目をとったつもりになるが、分家を言い渡される。のし上がらねばならぬと肝を決めた。文体の実験的試みが話題を呼んだ記念碑的な連作短編集。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ずっきん
34
前半は何かの取り説を読んでいるような描写が苦痛だった。「田中」にも興味が湧かないのだ。後半の一人称に入ってもよくわからない。だが、ふと、ハードボイルドって読み手の想像力に挑んでるのかなと考えたら俄然面白くなった。「田中」を嫌いなままでいいんだ。もっと「田中」に想像を巡らせよう。思わず最初から読みなおした。私の中で「田中」が、鮮やかに踊りだす。尊大にして自嘲的、冷徹なクズだ。哀れな棒切れだ。そうとしか生きられない哀しさ。ページを捲って終わりだと気づいた時、もう少し読んでいたかったなと思った。2018/03/16
GAKU
34
グレーのスーツ、白のワイシャツ、地味なネクタイというヤクザ、田中が主人公の連作短編集。1部は三人称、外形描写のみで書かれ、2部は一人称で田中の内面が書かれている。北方氏の作品で初めて英訳出版された記念すべき作品。私は好きな作品で何度か読んでいるのですが、一般的にはあまり読まれていないのが残念です。北方氏のファンの方には是非読んで頂きたい一冊です。この田中というヤクザの人物像が何とも言えません。怖いです。ヤクザを主人公とした作品ではこちらと、花村萬月氏の「笑う山崎」が私の両横綱です2015/11/12
giant_nobita
7
第一部において「男」=田中の行動を外側から書き、第二部で男の一人称で行動と内面を書くという実験が功を奏しているとは思えない。第一部は男の些細な行動を微細な描写で描くことで感情の起伏を表現しようとしているが、語り手の解釈の挿入が邪魔をしているし、第二部は説明的な上に男の独り言の不自然さが露呈している。おもしろいのは第一部の「風」くらいだ。しかし両者における電話の描写の違いは少し興味を惹かれた。第一部では男の台詞と仕草だけが断片的に描かれるのに対し、第二部では電話をする二者の台詞が会話として描かれている。2017/03/30
嫌々爺
4
他の代表的な北方謙三作品に較べて登録者数が少ないが、実験的かつしっかり面白いという非常に高度な作品だと思う。第1部の削ぎ落とされまくった文体に惚れ惚れ。2018/11/06
ペペロニ
2
端的に言えば田中というやくざの物語。連作短編という形だが、大きく第一部と第二部に分かれており第一部では徹底して心理描写を排し、客観的に男(田中)の行動だけを描き、第二部では田中視点で田中の心理描写を中心に物語を進めた。個人的な印象では第一部の田中がとても怖かった。考えている事がこちらには一切わからない上に行動も理解しきれないからだ。昼間から公園のような場所で鳩の毛を毟る中年男なんて怖すぎない?2016/07/13