内容説明
終戦から六年後のある日の夕方、ひとりの男が新聞社に勤める私のところに訪ねてきた。投降前に硫黄島の岩穴にうずめてきた日記を米軍当局の許可を得て掘り出せることになった。そのことを記事にしてほしいという。私はいくつか疑念を抱きながらも記事にした。ところが、後日、彼は硫黄島に渡り、現地で自殺してしまう。男を死に向かわせたものは何だったのか。私は男の足跡を辿りはじめる。昭和文学史に名を残す不朽の戦争文学。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
遥かなる想い
230
第37回(1957年)芥川賞。 戦争が 人の心を そして 人生を 歪めることを 描いた短編である。 片桐 正俊という 硫黄島から 帰還した男の 不可思議な行動が 心に残る。 物語の意外な展開とは 裏腹に、底に流れる 不気味な 戦争の傷跡が、著者の巧みな文体で 現代に蘇る、そんな作品だった。2017/07/12
absinthe
171
『硫黄島』硫黄島で激戦を戦い抜き、死んでいった戦友たちの記憶が離れられない男の顛末。ある男が主人公(記者)を訪ねてくる。硫黄島へ行って置いてきた日記を取り戻すつもりだ。そのことを記事にしてほしいと。ところが男は硫黄島に渡った後命を絶つ。何があったのか…。辛すぎる戦場の記憶。多くの帰還兵が持つ、生き残った事への後ろめたさ。戦後の悲しい現実。戦後の実態を描いた6篇。最後の『不法所持』が印象に残った。2021/06/30
ヴェネツィア
149
第37回(1957年上半期)芥川賞受賞作。この時点では、すでに第2次世界大戦の終了後12年を経ているのだが、未だに戦争の後遺症が色濃く残っていたことにまず驚く。戦争を清算してしまうことができない人たちがいたのだ。本編の主人公、片桐はそうした1人で、今で言えば典型的なPTSDを抱えた人物だ。彼の一生は、戦争、なかんずく硫黄島での強烈な体験によって決せられてしまったのだから。一方、小説の作法は、新聞記者として物書きとしてのキャリアをスタートさせた菊村らしく、取材記を語るスタイル。それがかえって斬新さとなった。2014/04/11
大粒まろん
23
落ち着いた文体。辛く悲しい物語ですが良い作品でした。敗戦後硫黄島からの復員兵の1人片桐さんは戦争後遺症から心が解き放たれない。人が人を殺す事を国が強いることの狂気が残す苦しみや恐ろしさを物語るこの作品。これを読む教育をしないという事は、人として一番大切なことを教えないようにしているのでは無いだろうか。これがあって今がある。過去の上に私たちは立ってる。だから感謝して生きるんだという事を教えない教育はどうなんだろうか。しかし、戦争が愚かな事だと本当にいい加減わかって欲しい。片桐さんには前に進んで欲しかった。2023/09/04
michel
23
★3.8。帰還兵の苦悩。片桐は、なぜ硫黄島に行ったのか、なぜ自殺したのか。「それはきみが戦争に行ったことがないからだよー」「ひとり殺したのと百人殺したのとどう違うか、そういうことをきみは考えたことがあるかねー」という言葉が辛い。戦争体験者の存命が絶える日は間も無くやってくるという現実に、改めて私達の使命を考える契機となった。2019/08/15