文春文庫<br> やさしい訴え

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文春文庫
やさしい訴え

  • ISBN:9784167557027
  • NDC分類:913.6

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内容説明

女のもとへ通う夫に傷つき、山あいの別荘へ隠れすんだ「わたし」。深い森の工房でチェンバロ職人とその女弟子と知り合い、くつろいだ気持ちをとり戻すが、しだいに湧きあがる情熱が三人の関係に入りこみ──。おごそかに楽器製作にうちこむ職人のまなざし、若い女弟子が奏でる『やさしい訴え』、カリグラフィーを専門とする「わたし」の器用な手先。繊細なうごきの奥にひそむ酷い記憶と情欲。三者の不思議な関係が織りなす、かぎりなくやさしく、ときに残酷な愛の物語。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

さてさて

225
『いつでもチェンバロの音は、手の届かない遠いところから聞こえてくる。さして大きくもない目の前の箱が鳴っているとは、とても信じられない』という繊細な音色を奏でる楽器が、登場人物三人の関係性を象徴的に浮かび上がらせていくこの作品。チェンバロから怪しく伸びる手の先に横たわる裸の女性、そして、そんなチェンバロを弾く女性という表紙のイラストのあまりの絶妙さに見入ってしまったこの作品。小川洋子さんならではの静かに美しく描かれる作品世界に、繊細なチェンバロの音色が柔らかく溶け込んでいくのを感じた、素晴らしい作品でした。2021/09/01

ちなぽむ and ぽむの助 @ 休止中

179
都会で、私はひとり夫の帰りを待っていた。いつまでも帰らない夫、愛するひとのもとへ帰る夫。 幼い頃の美しい思い出の導くまま訪れた森の別荘は、美しくまもられた、幸福な世界。あたたかな楽園の定員はふたりで、私はただの客人だった。住人にはなれず、やさしくもてなされ、誰からも必要とされていないただの客人。チェンバロの音色、移り変わる四季。やがてその資格すら失い、もはや何もなくなった現実へと帰らなくては、ならない。 絶望的に寂しくて、誰かに無条件で抱きしめてもらいながらじゃないと生きれない。だれにも起こりうる、絶望。2019/11/07

ヴェネツィア

154
瑠璃子、薫、新田―それぞれ過去の深い傷を抱えた3人の物語が、幾分か非日常的な空間に展開してゆく。物語の舞台は、おそらく八幡平あたりの別荘地。しかも、新田と薫とは、この人里離れた地でチェンバロ製作という、なんとも優雅な仕事に従事している。そこに瑠璃子がやって来るのだが、この地は、3人のそれぞれにとってアジールだったのだろう。そこでの静かな暮らしと、瑠璃子の熱い情念の物語。そして、瑠璃子の情念は静かなチエンバロの透明な音に収斂してゆく。ラモーの「やさしい訴え」、そして「預言者エレミアの哀歌」が美しく響く。2012/09/27

ケイ

139
この感覚はイヤ。登場人物達の生み出す感覚がイヤな形の針となり、そんな針に刺されたら化膿してイヤな膿が出てきそう。るりこの不完全な世界は、子供を持てない喪失により、語られている以上に蝕まれていて、新田のような男はその蝕まれたところを埋めるのに丁度いい腐り方をしてるんだろう。薫は不幸を餌にして生きているようで、新田が手を出す女が産む膿を、きっとこっそり舐めている。ああ、気持ち悪い。彼らの関わる音楽は、不協和音の連続。まともに陽を見ることを拒否し、少しずつ沈んでいく。私は、関わらないよ。2018/08/11

もぐたん

111
夫に不倫された主人公が、自身の別荘地に逃避し、ピアノが弾けなくなった男と、恋人を無惨に亡くした女に出会い、物語は始まる。三人の繊細な心の震えが、チェンバロの音色とともに溢れてきて、心の奥深く刻まれるよう。闇のベールで隠された静かな秘密の喜び。一方で、言葉を超え、苦しみを分かち合う二つの魂。三人の喪失感は埋められるのか…。林に降り注ぐ優しい雨のように、しっとりと、そして、心の動き一つ一つを丁寧に掬いあげた、一抹の寂しさと長い余韻に浸れる逸品。★★★★★2021/08/21

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