内容説明
56歳になる大学教授の夫は体力も性的な欲求もめっきり衰えているが、観念的な欲求は旺盛である。そこで、45歳の妻を奔放な女にして、性の享楽を得たいとの願望を日記に書き、それを入れた引き出しの鍵をわざと落し、妻に読ませる。妻も日記に夫の期待に添う気持のあることを書く。ひそかに見られることを願って綴った互いの日記という形をとった『鍵』の他『瘋癲老人日記』を収録。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
500
【瘋癲老人日記】77歳の老人の日記という形式を取る。彼は既に性的な能力を失っているが、性欲そのものが喪失してしまったわけではない。むしろ屈折したその性的な欲望は歪曲した形で発露される。まさに川端の『眠れる美女』がそうであったごとく。もっとも、谷崎の性癖は、若き日の『痴人の愛』にも見られたようにマゾヒズムの傾向を強く帯びている。そうしてみると、性的嗜好は老いても変わらないのであろう。彼の願望と欲望はもっぱら息子の嫁の颯子に向かうが、この颯子がまた一筋縄ではいかない女である。まさに谷崎自身の望む女なのだが。2021/12/11
青蓮
113
10年ぶりに再読。カタカタの文章が読みづらかったけど何とか読了。エロスとフェティシズムが渦巻く作品。「鍵」「瘋癲老人日記」どちらも性欲をテーマに扱った内容で、変態的だけど「見てはないけない」という背徳感のスリルがあって面白く読みました。ここに書かれているのは、ある意味では「男のファンタジー」で女性の視点から見るとやや不思議な感じもします。「性的には不能だが欲望はある」ことの何とも残酷なことか!似たようなテーマである川端康成の「眠れる美女」も近々再読したくなりました。2016/03/14
優希
109
日記をモチーフにしているフェティシズム小説と言えると思います。官能とエロスが全編から漂い、性に対する思いがリアルに伝わってきました。変態と言われればそこまでですが、谷崎の手にかかると芸術の域にまで昇華してしまうのが凄いところです。何処となく谷崎の趣味を感じさせるだけでなく、男性のファンタジーでもあるような気がします。カタカナ表記が読みにくいですが、やはり谷崎の文章は癖になります。2016/08/15
ケイ
109
見事である。老いて、血圧は高く、前立腺肥大を患い、痛風によるものか身体のあちこちに痛みを抱えていて、数年前の脳溢血から歩くのにも少し難儀するような70代半ばの男。そんな老人が抱く妄想的な性欲。本当にあるものか、想像力のなせるわざか…、若い息子の嫁に欲望を抱く。足を舐めさせてくれと懇願し、それが叶えば血圧の上昇に苦しみ、冷たく扱われて痛い痛いと涙を流して泣く。元来持っている脚への執着やマゾ的性向を、老いや死の恐怖に混ぜ込ませ、最後には第三者的視点も持ってきて、抱腹絶倒な文学作品に昇華させている。 、2015/05/26
夜長月🌙@5/19文学フリマQ38
79
『鍵』お互いの日記を盗み見て変態性をより深めていくという所がまさに「鍵」ですね。あからさまに口に出して要求してしまってはもうお仕舞いです。変態的嗜好を持ちながら貞淑な妻ぶっている所も重要なポイントです。反発しながら夫の思う通りに堕落していく過程では特殊であればあるほど深みにはまるということがわかります。『瘋巓老人』愛欲こそ生命力。こんな老人になりたいものです。颯子(さつこ)は若いだけではなく息子の嫁という微妙な立ち位置にある魔性の女。決して拒絶はしない。しかしその変態性を助長させるあしらい方は見事です。2018/08/23