内容説明
40年におよぶ刑務官生活にピリオドを打った鶴岡に、再就職の話が舞い込んだ。それは、巣鴨プリズン跡地に建つ高層ビル建設の警備を指揮するというものだった。鶴岡の脳裏に、かつて自らが刑務官として勤務したプリズンの情景がよみがえった――。敗戦国民が同国人の戦犯の刑の執行を行うという史上類のない異様な空間に懊悩する人々の生きざま。綿密な取材が結実した吉村文学の新境地。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
ヴェネツィア
331
タイトルからも想像がつくように、かつての巣鴨プリズンを舞台にした小説である。刑務官を務めあげた鶴岡の一人称視点から、現在時を枠組みに回想の形で語られる。「あとがき」にもあるように、鶴岡の設定はフィクションだが、巣鴨プリズンで、かつて起こった事柄はほぼ史実そのままといっていいのだろう。吉村昭の文体は、いつもながら直接的な感情を廃した(鶴岡も徹底して客観的な人物像として仕立てられている)抑制のきいたものである。そうして淡々と事実を語っていくことで、そのことの持つ重みを伝えていくという手法である。2025/02/06
いつでも母さん
200
『勝者が敗者を裁くような裁判は正当な裁判ではない』あの頃、識者や国民がそう思っていたとしても、覆らない事実がそこにあったのだ。巣鴨プリズン・・A級戦犯が死刑台に送られたことは歴史として知ってはいたが、多くの戦犯が収容されて数年を過ごしたこと。そこに働く刑務官のこと・・戦犯とはいえ銃を向けなければならない鶴岡の苦悩を吉村作家が読ませる。刑を執行された者、遂に赦免された者、そしてプリズンの終焉へ。プロ野球を観戦していたり知らなかったことのなんと多い事よ。今年も無事に8月あの日を迎える。2018/08/08
kinkin
125
戦犯、GHQ、巣鴨プリズンどれももうニュースの中には出てこなくなった言葉たち。なによりアジア・太平洋戦争が終わって77年、知らなくて当たり前でもうすぐ歴史に埋もれてしまう。この本は終戦後、裁判で戦犯が収容されてその中の一部の人達が処刑になったことや彼らの生活、悲劇などが綿密な取材を元に書かれている。フィクションとはいえ読んでいてその重さに圧倒された。本来無罪であるべき人が処刑されたり部下に責任を押し付け刑を逃れた人もいたそうだ。戦争というのは悲劇しか産まない厄介なもの・・・・2022/08/13
yoshida
125
巣鴨プリズンの成立から閉鎖まで、実際に勤務していた日本人刑務官の視点で描く。巣鴨プリズンは東京裁判で有罪とされた戦犯を収容し、処刑も行われた。そもそも東京裁判自体が、事後法で連合国が日本を一方的に私刑にした茶番である。現代の私達は、その欺瞞が分かる。敗戦直後は米軍の洗脳が色濃く、戦犯への風当りは想像以上に厳しかったことを知る。特にマスコミが戦犯のふとした息抜きを叩く。戦中との相反する行動には、マスコミの変節を感じずにはいられない。戦争があり、敗戦で戦犯とされた人々。残された家族の苦労も知れた、貴重な一冊。2020/02/08
しいたけ
121
昇る満月を仰ぎ見る巣鴨プリズンの刑務官。鉄格子からそっと伺い見る戦犯。夫を、息子を父を思い満月を見上げる戦犯の家族。戦犯の刑の執行に同国民が関わる戦後の新たな悲劇。どの国が悪いのかという問いかけではない。戦争の理不尽は、今でも其処彼処に存在する。今日は満月。人は月を見ると、その影や哀しみに思いをはせる。2019/09/14