内容説明
喀血に襲われ、世紀末の頽廃を逃れ、サモアに移り住んだ『宝島』の作者スティヴンスン。彼の晩年の生と死を書簡をもとに日記体で再生させた「光と風と夢」。『西遊記』に取材し、思索する悟浄に自己の不安を重ね〈わが西遊記〉と題した「悟浄出世」「悟浄歎異」。──昭和17年、宿痾の喘息に苦しみながら、惜しまれつつ逝った作家中島敦の珠玉の名篇3篇を収録。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
Bartleby
14
「わが西遊記」は、何に対しても一定の距離を取る観察者的な人間の内面が正確に書かれていて、自分の心を見透かされているような気持ちになる。著者はこういう心理の分析が本当に上手い。だけどそれだけじゃない。中島敦の文章は風景の描写も格別だ。「悟浄歎異」で長い自己内省の後に描かれる星空の景色、「光と風と夢」で淡々とした文体で書かれたサモア島の自然の姿などは、読んでいて惚れ惚れする。意識の内に閉じ込められて自家中毒を起こしそうになる一歩手前で、ふっと、外の世界に開かれていくような感じだ。2014/10/31
子牛
7
悟浄出世、ずっと叱られ続けているような気で読んでいた。鈍いぐらいが丁度いいのかな、と丁度感じている時でしたし。2017/04/15
tieckP(ティークP)
6
他者の伝記という仮面をかぶった私小説。スティーブンソンに仮託しながら、あきらかに中島敦がにじみ出ていて、だからこそ好ましい。終わり方があっさりしているのは玉に瑕。また日記体と物語体が交ざるが、序盤は少し日記体にドライブ感が欠けているようにも思われる。ポスコロ的な興味から論ずるにもピッタリの作品だが、この作品を名作にしているのはひとえに中島敦が文章に仄めかす切実さであって、スティーブンソンを文章を書かずにはいられない人物に設定したのと同じ情熱、同じ宿痾に中島も罹患しているのである。ときには読者も、また。2014/07/17
ベイ丹
5
まずは『わが西遊記』の悟浄出世、悟浄嘆異を課題提出のために読破。悟浄の自己とは何かを模索し続ける『悟浄出世』、三蔵法師と悟空を通じて自己とその病気について煩悶する『悟浄嘆異』 昔は国語の教科書にも採用されることが多かった中島敦の作品も今や『山月記』以外ほとんど採用されなくなってしまった。前に読んだ『李陵』『弟子』など敦の文章は読みにくいものが多いがどれもが強い〈問い〉を含んでいる。 ハードルは高いと思うが是非一度は読んでほしいと思っている。2014/08/12
なおこっか
3
苛烈なまでに人の、そして小説の有り様を追求する中島敦の物語は、舞台が南洋であろうと人物がスティーブンソンであろうと、変質することがない。“小説が書物の中で最上(或いは最強)のものであることを疑わない。読者にのりうつり、其の魂を奪い、其の血となり肉と化して完全に吸収され尽くすのは、小説の他にない。”こうした言葉を読む時、最早ツシタラ・スティーブンソンと中島敦は完全にシンクロしていると感じる。痛々しいまでに肉体と精神を軋ませながらも、強くあげられた視線に、くらくらする思い。2019/01/28