内容説明
太平洋戦争の最終段階で沖縄は米軍の非情な猛攻撃に遭い、父親と長兄を亡くす。極貧生活の中で、3人の子供を育てた母親の苦労は並大抵ではなかった。高校卒業後、「米留」ではなく「日留」を選択。沖縄に戻り、サラリーマンを経て、兄弟三人で起業する。儲からず、赤字続き。でも、あきらめなかった。「雨垂れ石を穿つ」の思いで辛抱を重ねた。若い世代に語り継ぐ、沖縄経済界の重鎮が振り返る「耐え続けた」人生哲学とは。
目次
第1部 「米留」「日留」の選択と人生の岐路(父と長兄を亡くす;戦争と沖縄の悲劇 ほか)
第2部 兄弟三人で起業、協同組合に尽力(再就職先に東急ホテルを選択;兄弟三人で起業する ほか)
第3部 土性骨を入れ怯むことなく努力せよ(上杉鷹山に学んだ忍耐の大切さ;設立四十周年を迎えた生コンクリート協同組合 ほか)
第4部 日本人の心を伝えていく義務(鼎談)(耐えることの重要さを培う;「技建」という社名の成り立ち ほか)
著者等紹介
津波古勝三[ツハコカツゾウ]
1941年12月27日沖縄県与那原町生まれ。1955年3月与那原町立与那原小学校卒業。1958年3月与那原町立与那原中学校卒業。1960年3月琉球政府立知念高等学校卒業。1965年3月明治大学法学部法律学科卒業。7月琉球政府中頭巡回検察庁入庁。1966年8月(株)那覇東急ホテル航空食課支配人。1974年1月(株)技建取締役専務就任。1981年12月(株)技建代表取締役社長就任(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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