学徒出陣 最後の早慶戦―還らざる球友に捧げる

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学徒出陣 最後の早慶戦―還らざる球友に捧げる

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  • サイズ 46判/ページ数 281p/高さ 20cm
  • 商品コード 9784910825328
  • NDC分類 783.7
  • Cコード C0075

出版社内容情報

四六判ハードカバー。映画「ラストゲーム 最後の早慶戦」の原案となった『最後の早慶戦』の復刻版。時は戦時下の昭和18年。若き早慶の野球部部員たちにも学徒出陣の令が下る。戦場に赴く学生のためにと開催されたのが、世に言われる『最後の早慶戦』だ。開催にこぎつけるまで奔走した早稲田野球部最高顧問の飛田穂洲、慶應義塾塾長の小泉信三らの熱き思い。苦難の道をたどった学生たちの心境とは…。最後の一戦に参加した早慶の著者が、ベースボールを通じて当時の学生像も描く感動のノンフィクション。


【目次】

序章 語り継がれる一日………………………………9
戦火に散った友     笠原和夫
光輝を放つ一ページ   松尾俊治
戦没球友諸君に捧げる  飛田穂洲 / 戦没学生を偲んで   小泉信三

?早稲田大学 笠原和夫
第1章 飛田穂洲の決断………………………………17
昭和17年の優勝を最後に中止令が下る
陸軍士官 松井栄造の死
軍事教練の中で黙々と練習に励む
海軍志願を申し出た熱血漢・近藤清
徴兵延期停止令が下り学徒出陣決定
飛田先生の決断で早慶戦を決行

第2章 好敵手との対戦………………………………59
グラウンドを清めて慶大を迎える
10対1の大勝も結果にはこだわらず
最後の一戦の感激を爆発させた夜
海軍予備学生として横須賀海兵団に入隊
百里基地航空隊で会った加藤三郎氏
突然知らされた近藤清の死

第3章 思い出の記………………………………91
森武雄/伊藤利夫/伴勇資/南里光義/舛形博/松本安博/片山公三/
石井藤吉郎/谷山正夫/磯部良太/中村次男/松尾禎三

?慶應義塾大学 松尾俊治
第4章 小泉信三の理念………………………………119
野球弾圧の無意味を説かれた小泉塾長
戦時色濃厚の中リーグ解散令下る
難関突破して入部した部員の合宿所生活
試合はないが練習熱心がそろっていた
学徒出陣令下り早慶戦開催の要望高まる
開催が決まり故郷から呼び戻される

第5章 海ゆかば………………………………161
早大合宿所でユニフォームに着替えて
片桐マネジャー機転の記念撮影
戸塚球場がひとつになった『海ゆかば』
戸塚警察で頑張った応援団渉外担当
南海に散華した選手と出陣部員のその後
訓練中に終戦 合宿所はノミと南京虫の巣に
焼け跡で再開 復活を告げた六大学野球

付記 昭和18年の原風景………………………………211
早慶戦前夜         相田暢一
学徒出陣壮行試合の思い出  阪井盛一
『学徒出陣』の早慶戦     飛田穂洲

あとがきにかえて 松尾俊治………………………………244
早慶両大学 戦没先輩 学徒動員選手略歴一覧他………………………………250
復刊にあたって 中野雄三郎………………………………301
 Special Thanks/クラウドファンディング支援者ご芳名
 支援者皆様の応援コメント 

目次

序章 語り継がれる一日
早稲田大学(笠原和夫)(飛田穂洲の決断;好敵手との対戦;思い出の記)
慶應義塾大学(松尾俊治)(小泉信三の理念;海ゆかば)
付記 昭和18年の原風景

著者等紹介

笠原和夫[カサハラカズオ]
1920年6月、大阪府生まれ。1939年に市岡中学(旧制)より早稲田大学に入学。在学中はキャプテンとしてチームを率いた。戦後、オール大阪を経て1948年に南海ホークスに入団。1954年、高橋ユニオンズ設立に伴い移籍。翌年からはプレイングマネジャーとしてチームの指揮を執った。1957年2月に大映スターズとの合併を機に退任。同時に現役からも退いた。引退後は、野球評論家として朝日放送、ラジオ関西などで解説を担当した。1998年死去。享年77歳

松尾俊治[マツオシュンジ]
1924年8月、兵庫県生まれ。1942年に灘中(旧制)から慶應義塾大学に入学。捕手として活躍した。卒業後は毎日新聞社に入り、運動部記者、野球を担当。現在は毎日新聞名誉職員。六大学野球連盟規則委員、日本アマチュア野球規則委員、日本野球連盟参与、関東野球連盟顧問などを兼任する(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。