内容説明
開けたら最後、劇薬小説集。彼女は私の親友で、私の男の母親―「私たちが轢かなかった鹿」。身ごもりたい女と、身ごもることを許されなかった女―「不幸の****」。不治の病を宣告された夫の心配と妻の気遣いの掛け違い―「犬の名前」。頭かペニスか―家出した娘と愛人との間で揺れる男の天秤―「つまらない掛け時計」。大雪の日、老作家と元担当兼愛人が住む古民家へ迷い人が―「小説みたいなことは起こらない」。あなたにとっての真実は私が見せたい真実。同じ出来事を二人の当事者の視点から描く、騙し絵のように読者を惑わす短編集。
著者等紹介
井上荒野[イノウエアレノ]
1961年東京生まれ。成蹊大学文学部卒。1989年「わたしのヌレエフ」でフェミナ賞、2004年『潤一』で島清恋愛文学賞、2008年『切羽へ』で直木賞、2011年『そこへ行くな』で中央公論文芸賞、2016年『赤へ』で柴田錬三郎賞、2018年『その話は今日はやめておきましょう』で織田作之助賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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starbro
181
井上 荒野は、新作をコンスタントに読んでいる作家です。 本書は、令和の恋愛模様二視点短編集、不穏な余韻が残ります。オススメは、表題作「私たちが轢かなかった鹿」&「つまらない掛け時計」です。 https://video.unext.jp/book/title/BSD00006736232025/09/18
hiace9000
156
ある事象を逆視点から描くことは、珍しいわけではないけれど、視点人物の選択が、まさに荒野さんなわけで…その妙こそ今作最大の魅力。正解や善悪を問うでもなく、共感も求めない、ただ人間の愚かしさや感情の生煮え感を皮肉めいた諧謔味とともに描くことで、読み手に物語のその先をいやが上にも想像させる。加えて作品イメージを見事に象徴する装幀も実に秀逸! "熟れたチェリーに先端が2本だけ刺さる"ように各話に配置される"ナナメの関係の人物"が、五短編それぞれに違った「味わい」と「落としどころ」とをもたらしてくれているのである。2025/08/17
いつでも母さん
143
私からの見えることと、あなたから見えることはチョットだけ違うーそんな事ばかりでここまで生きてきた。確認しても齟齬はほとんどの場合埋まらない現実。だから、無理に事は起こさない。修羅場は避けたいし、そこに掛ける気力は既にない。長く生きてそれを学び、多分これからも学んでいく私。井上荒野の巧さ、いやらしさ全開の短編集5話。面白く読んだが、どれか一つなんて選べない気持ち悪さ(褒めてます)ふぅ・・2025/08/09
星群
75
まず、この装幀が不穏である。さくらんぼに刺さるフォークの先。次いで、惹句が〝劇薬〟小説集である。これは、心してかからねばなるまい。一つの事柄を2視点から語られるのは、面白いと思う。とゆうか、出てくる人みんな頭のネジが壊れてるんだろうか(失礼ながら)。特に『不幸の*****』は、狂気じみてた。イチオシは不穏が残る『小説みたいなことは起こらない』です。2025/09/21
itica
72
1話に付きふたりの視点で語られる5編。例えばA子とB子それぞれがひとつの話をするとき、場合によっては表と裏のように180度違ってくる。立場が変わるとこれほど差が生じるものなのか。巧みな心理描写が面白いな。20年以上の親友が息子を介して関係性が崩れて行く表題作、夫が余命いくばくもないと知った時の夫婦の在りようと、その顛末の皮肉を描いた「犬の名前」が印象に残った。 2025/08/05