内容説明
開けたら最後、劇薬小説集。彼女は私の親友で、私の男の母親―「私たちが轢かなかった鹿」。身ごもりたい女と、身ごもることを許されなかった女―「不幸の****」。不治の病を宣告された夫の心配と妻の気遣いの掛け違い―「犬の名前」。頭かペニスか―家出した娘と愛人との間で揺れる男の天秤―「つまらない掛け時計」。大雪の日、老作家と元担当兼愛人が住む古民家へ迷い人が―「小説みたいなことは起こらない」。あなたにとっての真実は私が見せたい真実。同じ出来事を二人の当事者の視点から描く、騙し絵のように読者を惑わす短編集。
著者等紹介
井上荒野[イノウエアレノ]
1961年東京生まれ。成蹊大学文学部卒。1989年「わたしのヌレエフ」でフェミナ賞、2004年『潤一』で島清恋愛文学賞、2008年『切羽へ』で直木賞、2011年『そこへ行くな』で中央公論文芸賞、2016年『赤へ』で柴田錬三郎賞、2018年『その話は今日はやめておきましょう』で織田作之助賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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pohcho
64
五編の短編。どれも二人の視点で描かれるのだが、視点が変わることにより今まで見ていた世界がまったく違うように見えてくるのが面白い。表題作のタイトルの素晴らしさ。「不幸の****」はぶっ飛びすぎててもう何も言えない感じ。「犬の名前」もよかったけど「つまらない掛け時計」が一番好き。荒野さんの巧さが光る短編集。2025/07/08
Ikutan
61
異なる二人の視点で綴られる五つの短編。どの物語も、ゾワゾワした後味。恋仲になった親友と息子。掃除婦が観た訪問先の情事の真相。癌と告げられた夫とその妻。不倫する大学教授と家出したその娘。高齢の小説家と若い担当者の元を訪ねてきた男の正体。どの物語もセンセーショナルな設定で一気に引きつけられ、視点が変わることで、物語の様相が変わってくるのが面白い。もちろん、それぞれの欲望や心の闇が余すことなく描かれ、最後までハラハラさせられる。上手いね、井上さん。2025/07/30
itica
60
1話に付きふたりの視点で語られる5編。例えばA子とB子それぞれがひとつの話をするとき、場合によっては表と裏のように180度違ってくる。立場が変わるとこれほど差が生じるものなのか。巧みな心理描写が面白いな。20年以上の親友が息子を介して関係性が崩れて行く表題作、夫が余命いくばくもないと知った時の夫婦の在りようと、その顛末の皮肉を描いた「犬の名前」が印象に残った。 2025/08/05
竹園和明
51
同じ場面を主人公と別な人物の視点から書くという手法で描かれた5作品。同じシーンでそれぞれが何を思っていたのかを詳かにするこの手法がとても面白い。引きこもり気味になった一人息子を親友の事務所に預けて10年。その親友と息子が付き合っており二人一緒に主人公の家に来ることになり…(表題作)。夫が癌と診断され、冷え切った夫婦の心が表出。妻が取った行動は(『犬の名前』)。叱った娘が行方不明になるも翌日帰宅。娘はどこで何をしていたのか(『つまらない掛け時計』)。登場人物の心の動きが見事に描かれた、傑作揃いの短編集!2025/07/06
sayuri
37
「私たちが轢かなかった鹿」「不幸の****」「犬の名前」「つまらない掛け時計」「小説みたいなことは起こらない」一つの出来事を二人の当事者の視点から描いた5話収録の短編集。それぞれの思いと噛み合わなさにゾクゾクした。どれだけ親しくしている間柄であっても心の奥底では様々な感情が渦を巻いている。本音と建前、人間がいかに複雑怪奇な生き物であるかを実感する。どこかに実在していそうな人々の平穏な日常が井上荒野さんの手に掛かれば一気に心に不穏な影を落とす。随所に潜む毒と狂気が超絶クールで後を引く。ホラー以上にホラーだ。2025/07/13