絵描きと画材屋―洋画家・野見山暁治と山本文房堂・的野恭一の五十年

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絵描きと画材屋―洋画家・野見山暁治と山本文房堂・的野恭一の五十年

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  • サイズ A5判/ページ数 158p/高さ 22cm
  • 商品コード 9784907902155
  • NDC分類 723.1
  • Cコード C0070

内容説明

筑豊の炭鉱町に育った洋画家が、少年時代から自転車ではるばる通った福岡の名画材店“山本文房堂”の主人と、空襲の記憶、画材と文化、思い出深き地元の画家、そして二人三脚で続けた公募展への思いまでを語り合った、滋味溢れる対談。

目次

福岡大空襲の記憶
戦前の文房堂
「山本」がついたのは戦後から
「何と絵描きの多い町だろう」と思った
文化なんて余計なものだった
金は出してくれたけど…
後藤新治氏渾身の「野見山暁治年譜」
タケミヤ画廊と北荘画廊
度胸も頭も良かった父
炭鉱は怖かった〔ほか〕

著者等紹介

井口幸久[イノクチユキヒサ]
1956年、福岡市生まれ。1980年東京商船大学卒。同年、西日本新聞社入社。鹿児島総局、北九州支社、社会部、宮崎総局、文化部長、佐賀総局長等を歴任。2016年退職し、現在、福岡文化連盟事務局長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

出版社内容情報

日本を代表する洋画家と福岡の名画材店〈山本文房堂〉の店主の、半世紀以上にわたる誠実な交遊。戦後画壇の貴重な証言満載の対談筑豊の炭鉱町に育った洋画家が、少年時代から自転車ではるばる通った

福岡の名画材店〈山本文房堂〉の店主と、空襲の記憶、画材と文化、

思い出深き地元の画家、そして二人三脚で続けた公募展への

思いまでを語り合った、滋味溢れる対談。

日本を代表する洋画家と福岡の老舗画材店の、

半世紀以上にわたる誠実な交遊の軌跡。

福岡大空襲の記憶

戦前の文房堂<

「山本」がついたのは戦後から

「何と絵描きの多い町だろう」と思った

文化なんて余計なものだった

金は出してくれたけど……

後藤新治氏渾身の「野見山暁治年譜」

タケミヤ画廊と北荘画廊

度胸も頭も良かった父

炭鉱は怖かった

京子夫人とクラブ「みつばち」

「みつばち」の裏口

驚きの記憶力  

「あれは僕のネクタイ」

日本の色、フランスの色

立ち見のできない映画館

同じ色は二度とできない

油絵の具と「立体」の文化

絵に表れる「生活」

「やってみる」ことの強さ

絵のままの風景

日本人が突き当たる壁

ニュアンスを察する文化

文章と挿絵について

「用途を持つ絵」は面白い

椎名さんの日本語

「サムホール展」の始まり

審査現場で起きること

「おじさん、サムホールって何ですか?」

インスタントな時代

本当に描きたい人のためのコンクール<

井口 幸久[イノクチ ユキヒサ]
1956年、福岡市生まれ。1980年東京商船大学卒。同年、西日本新聞社入社。鹿児島総局、北九州支社、社会部、宮崎総局、文化部長、佐賀総局長等を歴任。2016年退職し、現在、西日本文化連盟事務局長。著書に『介護タクシーを知っていますか』(角川書店)『小伝・弥勒先生』(西日本新聞社)『石心 ―囲碁棋士・大竹英雄小伝』(石風社)がある。