内容説明
パラ水泳メダリストが辿った30年の軌跡。小学4年生で水泳を始め、2008年北京大会でパラリンピックデビュー。12年ロンドン大会では銀銅2つのメダル、16年リオ大会では銀銅4つの日本人最多メダルを獲得。東京ガス所属。18年より武者修行のため拠点をアメリカへ移す。地道に「武器」を増やし、ひたすらにその「武器」を磨いた半生の記録。
目次
第1章 幼少期・小学生時代―「見えない自分」と向き合った日々
第2章 中学・高校生時代―波乱万丈な東京での新生活
第3章 大学生時代―メダリストになった僕
第4章 社会人・大学院時代―続く試練、見出した希望
第5章 アメリカへ―新天地での再スタート
著者等紹介
木村敬一[キムラケイイチ]
パラ競泳選手。所属:東京ガス株式会社。生年月日:1990年9月11日。出身地:滋賀県。2歳の時に病気のため視力を失う。小学校4年生で水泳を始め、2012年ロンドンパラリンピックで銀銅2つのメダルを獲り、16年リオ大会では銀銅4つの日本人最多メダルを獲得。東京大会では自身初の悲願の金メダルを狙う。パラ水泳(視覚障害S11クラス)50m平泳ぎ、50mバタフライ、200mバタフライの世界記録保持者(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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感想・レビュー
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Mr.チャーリー
21
以前に読んた辻井伸行さん同様、木村敬一さんも全盲という視覚障害の方。このお二人は共通して目指す事が明確で挑戦心に溢れていると痛感します。小学生から寄宿舎生活を始め、中学、高校は東京での生活。東京での寄宿舎生活ではルームメイトと深夜に宿舎を抜け出してコンビニに行くなど、こんな事を書いて良いのかと思う内容まで盛り込まれています。コラムでは見えない人へのサポート方法、タッチパネルが増えて便利になっている世の中が視覚障害者には逆に不便なものになるなど、気付かされる事も多い内容でした。2025/02/03
taku
16
「この日のために頑張ってきたこの日ってほんとにくるんだなって思って(略)凄く幸せです」東京パラリンピック100mバタフライ金メダル。木村はインタビューで泣いた。この日までの少し前、東京開催延期が決まった頃までの人生の軌跡。パラ競泳のエースとなった道のりに、笑い楽しみ悩み葛藤した跡が残っている。両親をはじめ支えてくれた多くの人々は照らす光であった。そして一番強い光は自分自身。表彰式で国家が流れたときも木村は泣いていた。また映像を観たら、もらい泣きしそうになったよ。2021/10/08
まめ
6
私の脳内にあった視覚障害を持つ人々に対するイメージが、本当に180度変わった。「見えないってきっとすごく大変だろう」「だから私たちには思いもよらない悩みや不安があるだろう」と勝手に思っていたが、勝手にそんな風に思って申し訳ないと思った。心から普通に楽しんでるし、もんんんのすごくアクティブでポジティブ。自分から積極的に色んなことに挑戦して、なんやかんやで大体大団円。私もこの行動力を見習いたい。すごい。2022/02/01
ポラオ
3
●とても良い本だった。単純に文章が上手くて読みやすくてユーモアがあって面白い。持って生まれたものもあれど、意図せずともそういう周りが助けたくなる快活な人間にならざるを得なかった部分もあるんだろうなということに一番の大変さを感じた。盲学校時代の嫌な先輩をフルネームで書いてるのもすごいが。2大会連続金メダルおめでとうございます。2024/09/11
Toku
3
パラ東京での金メダル、その表彰式の涙が印象的だった、言わずと知れた日本代表スイマー。底抜けの明るさとどん底の悩みが同居する人柄に、魅力を感じる。木村選手のユーモアが散りばめられた文体に引き込まれ、一気に読んでしまった。 最後にある、木村選手のお母様からの手紙には涙が出た。幼い息子さんの側にいて、もっとたくさん支えてあげたかっただろうな·····。"両親が代わりに悩んだり、苦しんだりしてきてくれた" という木村選手の言葉に、そんなご両親様の今までが全て報われたような気がして、さらに涙。2022/02/01