グリーンファーザーの青春譜―ファントムと呼ばれた士(サムライ)たち

  • ただいまウェブストアではご注文を受け付けておりません。
  • サイズ B6判/ページ数 379p/高さ 19cm
  • 商品コード 9784906917396
  • NDC分類 916
  • Cコード C0095

内容説明

飢餓に苦しむインドで奇跡的な緑化事業をなしとげ、インドの人々から「グリーンファーザー」と讃えられた杉山龍丸。作家夢野久作を父に、アジア主義者杉山茂丸を祖父に持った若き陸軍学校生龍丸は、政界の舞台裏に通じた茂丸の関係者から話を聞くうちに開戦しても勝ち目がないと覚り対米開戦の反対運動を展開、東条暗殺までも企てた。本書は大戦末期のフィリピンで飛行第31戦隊の整備隊長を務めた若き著者がその作業日誌に基づいて、技術職からみた戦争の真実、そして日本軍の技術・現場・戦略軽視がもたらす悲惨の真実を語りのこしたものである。敗戦必至という認識において、人はいかに戦いうるのか。戦後70年のいま、杉山龍丸の遺稿を公刊し、戦争の不条理をあらためて世に示す。

目次

第1章 「幻の戦闘機隊」の誕生
第2章 フィリピンへの派遣
第3章 地獄の海上輸送作戦
第4章 飛行第三十一戦隊の作戦準備
第5章 特攻隊攻撃
第6章 戦隊全滅と再建
第7章 レイテ総攻撃戦
第8章 飛行第三十一戦隊終焉への戦い

著者等紹介

杉山龍丸[スギヤマタツマル]
1919年生福岡市生まれ、1987年歿。祖父杉山茂丸、父杉山泰道(夢野久作)。陸軍士官学校を経て陸軍航空技術学校進学、1943年卒業。飛行第31戦隊整備隊長、フィリピン隼集成整備隊長を歴任。戦後は引揚者を収容するために福岡市に杉山農園を経営。そのかたわら千葉県稲城の引揚援護局に勤務。日本の農法と技術によりアジアにおける貧困根絶を企図して1955年に国際文化福祉協会を創設。1962年からインド訪問を始め、飢餓状況の調査を経て緑化事業を志し、祖先伝来の杉山農園の地所を売却してその費用にあて志を果たす(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
※書籍に掲載されている著者及び編者、訳者、監修者、イラストレーターなどの紹介情報です。

感想・レビュー

※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。

スー

21
124私財を投げうちインドの緑化に命をかけた杉山龍丸のフィリピンで飛行第31戦隊の整備隊長をしていた若き日の記録。彼は三国同盟反対戦争反対を唱え非国民と罵られたのに最前線に送り込まれ部隊の戦力維持する為に機体の整備と部下の士気の維持に務め多くの隊員に慕われた。日本はフィリピンを決戦地と決めたのに参謀は航空戦をまったく理解しておらず通信士はプロペラが何かも知らず適材適所とはほど遠く司令官の富永恭次は出撃の度に酒を持ってくるだけの男という評価。上層部は本当に勝とうとしていたのか?負けるべくして負けた戦争だった2020/09/13

roatsu

11
今年出た戦記の中では文句なく最良で必読の一冊と思う。戦後、日本の国家支援もない中私財で酷熱のインドの緑化運動を推進し今も同地でグリーンファーザーと称えられる著者が若き日、陸軍飛行第31戦隊の整備隊長として迎えた比島決戦で戦隊壊滅に至るまでの凄絶な戦いを綴った一冊。防衛省が所管する捷号航空戦史に参照されるほど緻密で克明な記録であり、合理精神と気骨、責任感、戦友愛に溢れた一青年将校がその目で捉えた当時の日本国家の姿、日本陸軍という組織の実態、戦争という行為の実相をこれ以上は無いほど正確に伝える労作でもある。2015/08/23

林浪浦

0
緻密な記録、巧みな描写の、飛行31戦隊の整備隊長をされていた方の比島戦の記録。日時を追って記載されており、比島戦が近年、又は現在の戦争のような錯覚すら覚える。惜しむらくは、書名から内容が推測しにくく、戦記、近代史等に興味がある読者の目から、おそらくこぼれ落ちている。

外部のウェブサイトに移動します

よろしければ下記URLをクリックしてください。

https://bookmeter.com/books/9559974
  • ご注意事項

最近チェックした商品