出版社内容情報
岡山戦国合戦史 ■ 目次
岡山戦国合戦史の出版を祝して 1
はじめに 9
赤松氏と浦上氏の興亡 12
出雲の尼子軍 美作・備中国に侵攻 39
安芸の毛利軍 美作に侵攻 50
宇喜多氏の興亡 60
備中国での戦乱 93
安芸の毛利・備中の三村 備中大戦乱 104
羽柴秀吉の毛利征伐 151
岡山に関係した戦国三武将 173
鎌倉・室町時代の守護 177
守護・戦国大名系図 181
日本史年表 185
結 び 189
岡山戦国合戦史の出版を祝して
元岡山市立オリエント美術館長
テレビせとうちクリエイト顧問 市 川 俊 介
賢友谷淵陽一氏が来宅され、 この度 『岡山戦国合戦史』 を出版することになったので、 読んでみてくれとのことであった。
わが国の中世は武士が台頭して、 事実上の支配階級にのし上がった。 その武士の棟梁が領地の争奪戦を展開した戦国乱世は、 わが国では応仁の乱 (一四六七~七七年) を契機として全国的に発展拡大していった。 したがって、 この争乱に対応するため、 武士は居館であったものが、 防衛施設に進歩し、 山城となり、 沼城ともなり、 平山城ともなった。 これらの城の変化は武器の進歩に対処して変化した。
岡山県下で、 戦国の幕あけを告げたのは、 福岡城 (邑久郡長船町福岡) を舞台に金川城主 (御津郡御津町金川) 松田元成とその加勢六千余騎で、 福岡城にたてこもる浦上則国を総大将とする二千余騎を攻めた合戦であった。 それ以後、 戦火は県下各地にひろがって、 大小の多くの戦いがくりひろげられていった。 そして、 約百年の間続いて、 天正十年 (一五八二) の羽柴秀吉が行った 「備中高松城水攻め」 でその幕を閉じた。
その激戦が県下各地に
内容説明
応仁の乱から秀吉の備中高松城の水攻めまで、140年間に及ぶ戦国時代の岡山の合戦を、現地調査と古文献を綿密に研究しリポートした労作。
目次
赤松氏と浦上氏の興亡
出雲の尼子軍 美作・備中国に侵攻
安芸の毛利軍 美作に侵攻
宇喜多氏の興亡
備中国での戦乱
安芸の毛利・備中の三村、備中大戦乱
羽柴秀吉の毛利征伐
岡山に関係した戦国三武将
鎌倉・室町時代の守護
守護・戦国大名系図