内容説明
モナコ王子の子としてこの世に生を受けたエンス・ボートは、ヨーロッパを愛し、同時にヨーロッパを憎んだ。愛憎の果てにエンス・ボートが計画したのは、最愛のヨーロッパを自らの手で完全に滅ぼすことだった。「トラストDE」(ヨーロッパ撲滅トラスト)の代表取締役に収まったエンスは、目的に向かって着々と手を打って行く…。ベルリンが潰滅し、モスクワが崩壊し、ロンドンが全滅し、パリが滅び去った。本書は、ソ連文学の巨匠エレンブルグが、架空の「ヨーロッパ滅亡史」の体裁を借りながら、「文明」の源ヨーロッパに突きつけた“言語の時限爆弾”である。
感想・レビュー
※以下の感想・レビューは、株式会社ブックウォーカーの提供する「読書メーター」によるものです。
H2A
18
モナコ王子の情事で生まれたエンス・ポート。愛するヨーロッパの絶滅を企図して彼が結成したトラストDEの暗躍により、ドイツ、ロシア、東欧、イタリア、北欧、と次々に無人の荒野に化していく。その愛憎入り混じった欲望は最終的に欧州全域を無人の荒野に変貌させてしまう。ぞっとするような狂気をブラックユーモアで味付けした不気味な小説。不気味で異様ではあるが、嫌悪感は抱かなかった。今となっては古びた部分もあるが、それが独特なアンバランスを生んでいて逆におもしろい。2017/06/18
鷹図
7
モナコ王子の落とし胤、エンス・ボートが立ち上げた「トラストDE(ヨーロッパ撲滅トラスト)」によって遂行された、ヨーロッパ滅亡の顛末を、架空の歴史書の体裁で書いた絶品。愛した女に見向きもされなかったエンスが、その女をヨーロッパ大陸の象徴に見立て、かの国々を灰燼に帰そうと決意する。この狂気の論理は、しかし徹底的な実践を伴うにあたり、一種不当なセンチメンタリズムを感じさせもする。ある意味で究極の「死なば諸とも」小説だが、例えば計画半ばで女と再会するエンスが、万感を込めて女に要求する言葉はあまりにロマンティック。2012/07/13
funa1g
2
学研の世界文学全集の方で読了。大傑作架空歴史SFだと思うのだが。かなり前にSFマガジンで佐藤亜紀が薦めていたのも納得。ヨーロッパを始めたとした各国の風刺でもあり、ヨーロッパを一人の女と重ねて、初恋への復讐をする男の青春物語でもある。疫病、風説、戦争、あらゆる方法で欧州を破壊するピカレスクとしても面白い。よくできた各国のカリカチュア具合は現代でも通じており、金に汚いアメリカの富豪たちの出資で計画が進められることなど、困ったことに現在読むとむしろ真実味がある。復刊されて定番として読み継がれるべき作品。2025/04/13