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出版社内容情報
谷を埋め尽くす僧坊群。世界のバックパッカーを始め、 漢人をも魅了し始めた天空の宗教都市の全貌に迫る──。1980年、東チベットの4000mの谷あいの地に開設された小さな仏教学院が、天安門事件、大規模な僧坊破壊、ラサ騒乱など幾多の激動を乗り越え、いつしか1万人以上の学僧と広大な僧坊群を擁する宗教都市となった。政府との軋轢を巧みに交わしながら、漢人(漢族)にも影響を与え始めた“天空の聖地”の歴史と魅力を、90年代から東チベット各地を訪れ続ける著者が綴った労作。
目次
はじめに 9
〝禁足地〟としてのラルンガル 9/ラルンガル再開放への期待 11/ラルンガルの持つ「磁力」 12/
本書のキーワード 15/目的と構成 16
関連MAP 18
第1章ラルンガル事始め 21
重慶の男 22
炉霍行のバス 22/「ジンメイ先生に会いに行くんだ」 23/ラルンガルの高僧 25
column ① ラルンガルと「旅行人」 26
ラルンガル入門 35
ラルンガルの位置 35/ラルンガルという名称 35/ラルンガルの発祥 37/宗派を超えた「リメ運動」 38/ラルンガルの組織構成 39/学制 40/学僧のうちわけ 40/ラルンガル現象 41/「師僧の存在こそラルンガルの財産」 43/ラルンガル研究の難しさ 44
第2章ラルンガルの誕生 47
ラルンガルの創設者 48
〝法王〟ジグメ・プンツォの生い立ち 48/レーラプ・リンパの〝化身ラマ〟として 49/
ニンマ派の埋蔵経(テルマ) 50/共産党の軍隊が色達を通過 51/十四歳で出家しチャンマ寺仏学院へ 51/「民主改革」と銃弾 52/文化大革命のスローガン「四旧打破」 53/ケサル大王の法力で危機を脱出 54
小さな講習所から学院へ 55
私塾からのスタート 55/鄧小平の宗教復興政策 56/穏健派政治家・胡耀邦の時代 57
パンチェン・ラマとラルンガル 58
パンチェン・ラマ十世の甘孜州訪問 58/〝超宗派〟の学院へ 59/パンチェン・ラマ十世の急逝とチベット復興への意欲 61/ダライ・ラマ十四世への〝メッセージ〟 63
ジグメ・プンツォ、念願のインド訪問 64
ラサ騒乱と第二次天安門事件 64/ノーベル平和賞の波紋 65/ジグメ・プンツォを招いた亡命僧ペーノー・リンポチェとペユル寺 66/ブータン国王からの招聘 67/念願のインドでダライ・ラマ十四世と交流 68/インド仏教界にも衝撃 70/インド訪問が実現した理由 70/世界弘法の旅へ 72
column ② デリーのチベット社会 72
第3章ラルンガル粛正 77
成都からラルンガルへ 78
当局が僧坊撤去 78/成都西門バスターミナルで足止め 79/交通の要衝、馬爾康から色達へ 79/「食糧局招待所」に投宿 81/荒れ果てた色達市街 82
ラルンガルを襲った惨劇 84
ラルンガルへの入口 85/破壊された僧坊群 86/誰が撤去作業を行ったのか 87/なぜラルンガルは〝粛正〟されたのか 88
column ③ 僧坊解体・撤去事件と日本の報道 90
ついにラルンガルへ 91
乗り合いトラクターの男の誘い 91/副学院長テンジン・ジャンツォ 92/濃密な時間 93
column ④ 漢人信徒のウェブサイト「白蓮花」 95
日常と非日常の間で暮らす学僧たち 96
招かれざる客 96/龍泉水とバター茶 98/僧坊の暮らし 100/ラルンガルの商店事情 101/毎月十日に開かれるバザール 103
column ⑤ チベット亡命政府から見たラルンガル 104
第4章ラルンガルを目指す人々 105
『ニンマの紅い輝き』 106
漢人信徒を取材し発禁処分 106/陳暁東の闘い 107/書名に込められた隠喩 109
漢人たちはなぜラルンガルを目指すのか 110
袈裟をまとった電子技術者・圓晋 111/情報通信のプロフェッショナル・圓宏 112/
漢僧のための共同学舎 113/漢僧経堂、数年で満杯に 114
column ⑥ 文化人類学者が見たラルンガル 116
ジグメ・プンツォ学院長の逝去 118
巨星堕つ 118/ダライ・ラマ十四世の特使からのメッセージ 118/中国政府の反応 119/漢人信徒の反応 120/ジグメ・プンツォ学院長の遺言 120
column ⑦ ジグメ・プンツォの訃報 124
ラルンガル再訪 二〇〇四年八月 125
色達行きバスは超満員 125/被災地さながらの色達市街 125/乗り合いワゴン車でラルンガルへ 127/尼僧坊撤去地区での聞き取り 128/漢人信徒の生活 129/言葉を濁す副学院長 132/学院長追悼映像と記念アルバム 133
第5章ラルンガル復興への道 135
復興の槌音 二〇〇七年八月、三回目のラルンガル 136
クレーンのある風景 136/招待所の閉鎖 137/漢人の増加と居士診療所 139
「チベット騒乱」後のラルンガル 二〇〇八〜二〇一二年 141
オリンピックと厳戒態勢の甘孜州 141/無事に騒乱を乗り切る 142/雪の峠を越えてラルンガルへ 143/新たなラルンガルの門 143/新・尼僧経堂の完成と喇栄賓館の開業 145/プロパンガスと饅頭売り 147/菜食の教え 149
column ⑧ 二〇〇八年チベット騒乱 150
ネット上のラルンガル 151
ニンマ・インフォメーション 151/掲示板「ニンマ論壇」 152/貧困尼僧への支援活動 153/
高齢の学僧と漢僧への支援 155
column ⑨ ラルンガル高僧の個人サイト 157
ソーシャル・キャピタルとしてのラルンガル 158
二〇一〇年の青海大地震 158/僧と信徒による緊急救援活動 159/漢人信徒の証言 160/宗派・民族を超えたネットワークの意義 161/発禁となった記録映画 162
column ⑩ 色達県幹部が語ったラルンガル 164
第6章ラルンガルはどこへ行く 165
信仰なき宗教ツーリズム 166
急増する国内観光客 166/秘匿されてきた色達 167/女性カメラマン・張華 168/
ガイドブック『天府聖域』 169/漢人・華人信仰者のラルンガル巡礼 170/信仰なきラルンガル・ツアー 171
商業化に揺れる鳥葬 173
ラルンガルの鳥葬師 174/鳥葬のアトラクション化 175/〝消費〟されるラルンガル 176
column ⑪ 写真家・野町和嘉とラルンガル 178
ラルンガル改造計画 180
外国人の立入禁止 180/二〇一四年の僧坊火災が引き金に 181/ついに僧坊解体へ 181/改造計画の目的 182/改造計画の行方 184/「宗教文化観光経済圏構想」 185/入場料問題 186
column ⑫ 「絶景スポット」化するラルンガル 188
ラルンガルの後継者たち 190
〝知恵袋〟ケンポ・ソダジ 190/仏教学博士ケンポ・ツルティム・ロドゥ 191/「宗教と和諧」政策 192/「一帯一路」構想とラルンガル 193/高僧たちの智謀 194
column ⑬ ヤチェン修行地探訪 196
ラルンガルが問いかけるもの 結びにかえて 197
冬に耐え春を待つ日々 197/ラルン五明仏学院の成立時期 198/宗派を超えた叡智 199/「統一戦線活動」との駆け引き 200/漢人・華人信徒との関係 201/ラルンガルのネットワーク 202/社会インフラへの道 203
略年表 205
資料 NHK制作「天空の宗教都市」評 206
あとがき 215
図版出典一覧 219
参考文献一覧 221
著者略歴
川田 進(かわた・すすむ)
1962年、岡山県生まれ。大阪外国語大学大学院修士課程修了。博士(文学)。現在、大阪工業大学工学部教授。研究領域は東アジア地域研究、表象文化論。1991年より中国、インド、ネパール等でチベット仏教やイスラームの宗教活動を調査。著書に『中国のプロパガンダ芸術』(共著、岩波書店、2000年)、『東チベットの宗教空間』(北海道大学出版会、2015年)がある。
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